視聴するタイミングと価格を組み合わせる「ウィンドウウィングモデル」
アニメをはじめとする映像商品が、他の商材と大きく異なるのが「ひとつの映像ソースをいろいろなメディアに展開し、異なるタイミングで、価格にも差をつけて展開する」という点だ。例えば劇場公開→DVD発売→TV放送といった流れをイメージすると分かりやすい。
長野大学の木村誠准教授は共著『コンテンツ学』(世界思想社)のなかで、この展開方法を「ウィンドウウィングモデル」として紹介している。作品を見てもらうことを「窓を開ける」、そしてある時期がくれば閉じると比喩的に表現し、その過程を経て鳥が翼を拡げるようにコンテンツが市場を席巻していく様を表わした言葉だ。
このモデルはいわば伝統的な映像コンテンツの展開方法を表わしたものといえる。
劇場という大きな画面でファーストウィンドウとして公開し、1回の視聴で比較的高いチケット料金を先に支払ってもらう。劇場での評判がある程度出揃ったタイミングでセカンドウィンドウとしてDVDを販売する。
アニメであれば、テレビでまず無料で視聴してもらい、やはり気に入ってくれたユーザーにはコレクション的にDVDを買ってもらう……ある意味パターン化された展開方法を取っていれば良かったのがこれまでだ。
しかし、前回見てきたように、この方程式が崩れつつあるのが現状ではないだろうか。その原因はブロードバンドネットワークの普及とコンテンツのデジタル化いうメディア転換にあるのは間違いない。新しいウィンドウウィングモデルの姿を明らかにするのもこの連載のひとつの目的だと考えている。
映像だけが商品ではない「グッドウィルモデル」
Twitterで寄せられたコメントには「グッズなど、映像以外で商売をすれば良いのでは」という指摘も多かった。前回上げた図でも示されたように、商品化は確かに一定の比率を占めており、ビデオの収入が安定しない現状では注目される領域のひとつだ。
京都精華大学の津堅信之准教授は著書『アニメ作家としての手塚治虫―その軌跡と本質』(NTT出版)において、アニメにおける商品化の取り組みは、手塚治虫が鉄腕アトムで本格的に始めたと考察している。
よく、「鉄腕アトムが非常に安い金額で制作を請け負ったことが現在のアニメ業界の低賃金など過酷な状況を生んだ」と批判されることがあるが、手塚治虫はその一方でお菓子メーカーなどとキャラクター利用契約を積極的に結び、そこからの収入によって当時の虫プロは潤っていたことを取材によって明らかにしているのだ。
そんな歴史的な背景を持つ商品化を、先ほどの『コンテンツ学』では「グッドウィルモデル」として紹介している。グッドウィルとは顧客吸引力や営業上の信用を表わし、その力を活用して、ライセンス事業を行ない、事業の収益拡大を図るとしている。
つまり、先ほど挙げた映像のウィンドウ展開によって、作品に対するグッドウィルを高め、映像と商品の両方から収益の最大化を目指す、というのが、アニメをはじめとする映像ビジネスの基本モデルとなる。そして、この分野もネットの浸透によって変化にさらされているのは同じだ。
アニメ「ブラック★ロックシューター」はイラストから始まり、初音ミクを用いた楽曲とそのPV、フィギュア化という展開を経て、ドワンゴも出資する株式会社AG-ONEによって映像化された作品だ。AG-ONEにはフィギュアの商品化を展開するグッドスマイルカンパニーも資本参加している。テレビで一切放送していないにも関わらず、DVD・Blu-rayの予約受注は好調だという。
これまでグッドウィルモデルは、映像が先に公開され、そこからキャラクター商品の販売によって費用を回収していくというのが通例だった。ブラック★ロックシューターはその展開パターンを転換した事例だ。注目しておきたい。
以上、アニメビジネスを3つの概念から整理してみた。
次回以降は、上に挙げたような先行事例の当事者たちに詳しく話を聞く予定だ。
著者紹介:まつもとあつし
ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環修士課程に在籍。ネットコミュニティやデジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆、ゲーム・映像コンテンツのプロデュース活動を行なっている。デジタルハリウッド大学院デジタルコンテンツマネジメント修士。著書に「できるポケット+iPhoneでGoogle活用術」など。公式サイト松本淳PM事務所[ampm]。Twitterアカウントは@a_matsumoto
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