このページの本文へ

“JAXAの真田ぁ~ず”に総力インタビュー!第4回

祝帰還!「はやぶさ」7年50億kmのミッション完全解説【その4】

「はやぶさ」の危機に、真田ぁ~ず「こんなこともあろうかとッ!!」

2010年06月15日 12時00分更新

文● 秋山文野 撮影●小林伸ほか イラスト●shigezoh 協力●JAXA/ジャンプトゥスペース

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

さらなる燃料漏れと通信途絶、今度は約1ヶ月半――2006年1月

月以外の天体で着陸と離陸を行なったのは「はやぶさ」が世界初だ

 ともかく「はやぶさ」の姿勢を立て直すため、本来燃料であるキセノン生ガスを噴出するという方法で姿勢制御を行なった。さらに探査機のヒータを使って漏れた化学燃料の排出(ベーキング)を行なっていたところ、ガス噴出がさらなる姿勢異常を引き起こす。

 「はやぶさ」はコーニング(みそすり)運動と呼ばれる回転状態に入って通信できなくなってしまった。地球への帰還は、当初予定の2007年6月から2010年6月へと延期され、「はやぶさ」救出運用への移行が発表される。

 プロジェクトチームの意思は固く「コーニング運動はいずれ終息する。半年以内に通信復旧と電力回復が同時に満たせる可能性は高い」と地上から補足のためのコマンド送信を定期実行する日々が続いた。

 翌2006年1月23日、7週間を経てついに「はやぶさ」と通信が復旧。2月からは探査機の状況も確認できるようになった。その結果わかったことは、太陽電池からの電力供給が途絶え、一度は完全に電源断、バックアップ電源であるリチウムイオン電池は完全に放電して、一部セルが使用不能、化学エンジンは燃料・酸化剤ともに喪失という非常に厳しい状況だった。


吉川 通信が途絶えている間も、1年くらいは計算された方向に臼田宇宙空間観測所のアンテナを向けていれば、「はやぶさ」からの電波を捉えられる見込みがありました。1カ月半くらい、スペクトルアナライザーにはノイズしか出なかったのですが、あるときピコっと小さなピークが立った。だんだんこれが「はやぶさ」からの信号であることがわかって。これは感激しますよね。


救出運用の裏で――2005年9月~2006年1月

 その間、チームメンバーの交代もあった。初期からプロジェクトサイエンティストを務めていた藤原教授が引退。吉川真氏が後を継いでいる。


吉川 藤原先生が引退されるとき、なぜか後を継げ、と言われまして。1998年に宇宙研に入ったときからずっと関わっていた「はやぶさ」プロジェクトで、サイエンスの取りまとめをやることになりました。もともと理学系で小惑星をやっていたのですが、宇宙研での所属は「軌道決定」というグループでこちらは工学。両方がわかっているということで選ばれたのでしょう。

「理学・工学、両方わかっているということで選ばれたのでしょう」と吉川氏。

齋藤 9~12月の間、私はプロジェクト側の広報担当でした。JAXA側の広報担当は寺薗君(元カメラ科学観測及び広報担当 寺薗淳也氏)。当時、ISAS対外協力室のボスが的川さん。こうした人たちがチームになって広報活動を担いました。

 最初は、毎日「今日の一枚」を出していました。そうしたら、ホームページにアップした画像を使って、外部の科学者がどんどんサイエンスの議論を始めちゃうんですよ。

「広報を担当して、画像の怖さをあらためて学びました」(齋藤氏)

 これには困ってしまいまして。そこで対応を検討して、サイトに「この画像はすでにJAXA側で一次処理をしてあります。こちらをベースにした議論には、JAXA側は一切責任を持ちません」という但し書きを付けることでやっと収まりました。

 そういう意味では、画像ってちょっと怖いですね。そんなこともあったので、タッチダウンのときに撮影したクローズアップの画像は、早く公開してほしいという要望もかなりあったのですが、相当時間を置いてから公開しています。

この特集の記事

注目ニュース

ASCII倶楽部

最新記事

ASCII.jpメール アキバマガジン

電玉バナー(300x100)

ピックアップ

デル株式会社