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ついに上陸解禁! 日本一有名な廃墟、軍艦島に行ってきた!【後編】

2009年04月19日 21時00分更新

文● 伊藤 真広

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第1見学広場から第2見学広場へ

 さて、ここで上陸予定者にアドバイスしておこう。軍艦島に上陸する際の服装だが、長崎半島に近いとはいえ、四方は海。しかも風が強く吹くこともありえるので、女性はスカートなどは避け、ジーンズなどパンツスタイルで動きやすい服装を心がけると良い。そして、いくら整備されているとはいえ、ヒールのある靴はNG。桟橋でヒールが穴にはまったりして危険だ。見学通路はすべて打ち放しのコンクリートなので、スニーカーやウォーキングシューズなどを履いていくのが望ましい。

地面に広がるコンクリート片とレンガは、そこに建物があった痕跡なのだろうか?どこを向いても目に飛び込んでくるのは廃墟ばかり
基礎のみが残っている選炭施設跡。島は外洋に面しているため、台風が直撃すると防波堤を超える大波が押し寄せて、建物を自然の力が破壊していく
天川(あまがわ)という接着剤を用いた石積み工法の堤防。台風でコンクリート堤防が決壊するなか、天川を使った堤防はこうして今でも島内のあちこちに残っている
防波堤から東を望むと長崎半島が見える。これだけ半島に近い距離にありながら、天候が悪くなると半島と島を結ぶ連絡船が欠航したため、当時は孤島になることもしばしばあったそうだ
同島の主力抗だった第二竪抗の入抗桟橋。炭鉱施設のほとんどが崩壊してしまったなかで、唯一当時の面影を残している建物だ。ここからエレベーターに乗って鉱員は地下の炭鉱へと赴いた
第二竪抗入抗桟橋の前にあったモーターとシャフトの残骸。炭鉱から上がってくるエレベーターを引っ張るのに使われていたのだろうか?第二竪抗入抗桟橋付近より、北を望む
第2見学広場に到着。この場所は炭鉱の中心となっていた場所で、炭鉱関連の建物が多数あったのだが、そのほとんどは波にさらわれて崩壊している赤いレンガは、かつて第三抗捲座があった建物の壁面。捲座とはワイヤーロープ巻上機のことで、今で言うエレベーター機械室のこと。第三竪抗閉鎖後は資材倉庫として使用されていた
赤レンガ壁の奥に残る総合事務所。ここには共同浴場があり、真っ黒になった鉱員が体をリフレッシュしてから居住区に帰っていった
総合事務所の左、会議室を結ぶ通路付近。カメラの感度を上げてみるも、建物内はコンクリート片が積み重なるばかり
廃墟に背を向けて堤防を見ると、海底水道の取込口がぽっかりと口を開けていた。ちなみに、国内で海底水道を敷設したのは軍艦島が初!海上から見た海底水道取込口。水道敷設前は野菜船の船着場だった
海底水道取込口のあたりは隠れたビューポイント。視界いっぱいに廃墟が広がる

(次ページへ続く)

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