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石井裕の“デジタルの感触” 第12回

石井裕の“デジタルの感触”

絵の具を作る人、絵を描く人

2007年10月07日 11時22分更新

文● 石井裕(MITメディア・ラボ教授)

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I/O Brush


I/O Brush

I/O Brush

 I/O Brushは、私の研究グループから'05年春に博士号を取得して卒業した了戒公子の博士論文研究の成果である。このプロジェクトは、彼女とその同僚ステファン・マルティ、そして私の、2年間にわたる共同作業のアウトプットだ。

 I/O Brushをひと言で表すなら、絵を描くためのブラシということになるだろう。しかし、ただのブラシではない。自分を取り巻く物理環境から色やテクスチャー、さらに動きまでをピックアップし、それを絵の具として用いながら絵を描くことを可能にする、新しい表現ツールなのである。

 一見普通のブラシのように見えるI/O Brushだが、内部には小型ビデオカメラと光源、タッチセンサーなどを搭載しており、外界から色/テクスチャー/動きなどをキャプチャーする。そして、大型のフラットディスプレーを使った「キャンバス」の上に、画家は外界から取り込んだ自分だけの特別な「絵の具」で、自由自在に絵を描けるのだ。

 教育の現場でI/O Brushの存在を考えてみよう。現在市場で入手可能なお絵描きプログラムは、固定されたデジタルパレットを使って絵を描くことしかできない。しかし、I/O Brushは子供たちが自分独自の「インク」を作ることを積極的に支援してくれる。自分を取り巻く環境の中からどんな色も、テクスチャーも、動きでさえも、対象にI/O Brushを押しつけることで簡単に取り込める。インクをキャプチャーするときのブラシと対象物との相対的な動き、そして描画するときのブラシとキャンパスとの相対的な動きにより、ダイナミックな動きを自由に取り込んで表現できるのだ。子供たちは自分ならではのパレットとインクをカスタマイズしながら、新しいアート表現を模索することが可能になる。

 現在画家が使うブラシは、基本的にインクをキャンバスに送り込む一方向のメディアである。もしインクの流れがブラシからキャンバスへの一方通行ではなく、どこからインクがブラシに流れ込むべきか、その源流をユーザーがブラシでコントロールできるとしたらどうだろうか? インクがその生まれる瞬間から、ブラシに流れ込んでいくのだ。

 昔よく使った万年筆は、まさにペン先からインクを吐き出すだけはなく、瓶からインクを吸い上げるツールでもあった。このI/O Brushプロジェクトでは、万年筆の入出力両方をサポートする基本機能をデジタル技術を使って再現し、液体インクの代わりに我々を取り巻く環境の「光子」を拾い上げる、新しいツールを作り出そうというわけである。


(次ページに続く)

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