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石井裕の“デジタルの感触” 第12回

石井裕の“デジタルの感触”

絵の具を作る人、絵を描く人

2007年10月07日 11時22分更新

文● 石井裕(MITメディア・ラボ教授)

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産業界の役割文化


「私作る人、僕食べる人」──これは確か30年以上も昔、日本のインスタント食品のテレビコマーシャルに使われたキャッチコピーで、男女同権を推進するグループから家事労働分担のあるべき姿に逆行すると厳しい批判を浴び、放送中止になったと記憶している。

 時代とともに男女の性役割分担はその垣根が低くなっているが、現在の産業分野では徹底的に役割分担の細分化が進行している。

 昔は町工場で、小さな部品のひとつひとつからそれらを組み合わせた複雑な電気機械製品まで、すべてを一貫して作り上げていた会社も、今では製品作りの上流に位置する製品企画と、下請けの部品メーカーに発注するための技術仕様作りがメインの仕事になった。産業界の食物連鎖は、細かく専業化するメーカー群によって複雑に分断されている。要求される専門知識の深さと総知識量の爆発、そしてアウトソーシングによる企業経営の効率化が、業界の細分化に拍車をかける。その結果、原材料から最終製品までモノと情報の流れ全体を見通すことが難しくなってしまった。


画家と絵の具職人


 同じことは絵画の世界にも起きた。

 ルネサンスの時代、画家は絵の具で絵を描くだけでなく、絵の具を作る職人(カラーメーカー)でもあった。野や山を歩き、絵の具の顔料となる石や土、植物を探し、そこから自分の色を作り上げた。従って、絵の具に対する思い入れも非常に強かった。

 しかし、その後の産業構造の細分化と技術革新の結果、絵の具は自分で作り上げるものではなく、誰でもアクセスできる画材屋から買い入れる原料に成り下がった。画家は本来の仕事である絵画の創造に専念できるようになった半面、絵の具に対する深い思い入れは、彼らの心からは消えてしまったのだ。

 今回は、絵の具を作る人(カラーメーカー)と絵の具を使って絵を描く人(画家)の間に横たわる境界を壊す可能性を秘めたプロジェクト「I/O Brush」について紹介したい。そのメインのメッセージは、「The World as the Palette(世界がパレット)」である。

※ 「I/O Brush」プロジェクトについては、プロジェクトのウェブサイトを参照のこと。なお、I/O Brushのムービーは、ウェブサイトのトップページにある「Video」の項目からダウンロード可能だ: http://web.media.mit.edu/~kimiko/iobrush/

Market in Barcelona, Spain

Market in Barcelona, Spain

 '05年の秋、私は国際的なCGフェスティバル「ArtFutura」に参加するため、スペインのバルセロナを訪れた。そのとき、バルセロナの果物市場でひとつの光景に出会った。色とりどりの果物や野菜、香辛料などが美しい配色で空間を埋め尽くしている光景──この何百という自然の色を使って絵を描くことができたらどれほど素晴らしいか。そんな夢をI/O Brushは現実のものにする。


(次ページに続く)

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