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石井裕の“デジタルの感触” 第12回

石井裕の“デジタルの感触”

絵の具を作る人、絵を描く人

2007年10月07日 11時22分更新

文● 石井裕(MITメディア・ラボ教授)

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プロセスでキャンパスに描く


 前述の通りI/O Brushは小型のビデオカメラを内蔵しており、白色LEDで照らした対象物を撮影する。またブラシの毛先にかかる圧力を力センサーで計測することで、撮影のタイミングを計っている。このプロトタイプは連続した映像と音をキャプチャーできるが、最終的なキャプチャー結果だけではなく、描画を行うプロセスまでキャプチャー/再生できるようになっている。このことは、創作にまつわる多様なストーリーを絵画に織り込み、そのストーリーをも共有しながらみんなで鑑賞することを実現する。画家の作り出すそれぞれのブラシストロークは、どの材料からそのインクをピックアップしたかを示す動画にリンクされているため、絵画を鑑賞する人々は、ひとつひとつのストロークに隠されたインクのヒストリーを見つけ出しながら、絵画を楽しむことができるのだ。

 本研究の実験で、I/O Brushをプロの画家のスタジオに持ち込んだとき、私たちは新しい絵画表現が生まれる瞬間を目撃した。画家は家族の写真がびっしりと詰まったフォトアルバムを持ち出し、祖母や祖父の心温まる思い出をブラシに向けて語りながら写真をブラシに吸い取り、コラージュとしてキャンバスに静かに並べていった。出来上がった作品では、その筆の痕跡を触るたびに画家の語ったストーリーが流れるという、それまでの絵画とはまったく異なる鑑賞法を可能にした。


歴史という3つ目の軸


 現在の絵画は2次元の死んだインクの結晶である。これに対してI/O Brushの提供する絵画は、歴史という3つ目の軸が加わることにより、インクがどこから来たのか、そしてそれぞれのストロークに込められたストーリーをも取り込んだ、新たなメディアを提案している。

 今日美術館に行くと、名画はみな厚いガラスの向こうに隔離されており、「触るな!」のサインが嫌でも目に入る空間に押し込められている。しかしそう遠くない未来に、美術館の多くの絵画はそれを構成する何百何千というストロークに込められたストーリーを楽しむため、「触ってください!」というサインとともに展示されるようになると私たちは夢見ている。

 そんな未来を感じるため、先に述べたI/O Brushのウェブサイトにあるムービーをご覧いただきたい。文字で伝える以上に、私たちの描く未来を実感できるはずである。

(MacPeople 2006年6月号より転載)


筆者紹介─石井裕


著者近影

米マサチューセッツ工科大学メディア・ラボ教授。人とデジタル情報、物理環境のシームレスなインターフェースを探求する「Tangible Media Group」を設立・指導するとともに、学内最大のコンソーシアム「Things That Think」の共同ディレクターを務める。'01年には日本人として初めてメディア・ラボの「テニュア」を取得。'06年「CHI Academy」選出。「人生の9割が詰まった」というPowerBook G4を片手に、世界中をエネルギッシュに飛び回る。



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