ユーザー中心のデザイン
米国コンピューター学会(ACM)のSIGCHI※1に代表されるヒューマン・インターフェース研究の分野では、それまでの技術主導のデザインに対する反動として、ユーザー中心のデザイン(User-Centered Design)の重要性が強調されるようになってきた。ユーザーの行動を観察分析し、ユーザーの立場に立ってシステム設計を行い、その初期の段階からモックアップやプロトタイプを用いてユーザーのフィードバックを集めるアプローチである。
※1 米国コンピューター学会(Association for Computing Machinery)の分科会にあたるSIGCHI(Special Interest Group on Computer-Human Interaction)は、世界最大のヒューマン–コンピューター・インターフェース(HCI)研究団体のひとつ。
プロダクトデザイン(工業デザイン)の世界では、ユーザーのニーズを深く理解してからデザインを始めるプロセスがすでに当たり前となっている。プロダクトデザイン界のトップ企業IDEO社を引き合いに出すまでもなく、フィールドにおける「ニーズの発見」(need finding)は重要なデザインステップであり、その中ではシステマティックな観察分析手法やインタビュー技法、学際的なチームによるブレインストーミング手法、ラピッドプロトタイピング手法などが駆使される。
近年、デジタル技術の発展とともに文化スタイルの進歩と多様化が加速を続けており、どのようにして時代のニーズを先読みするかが、情報アプライアンスを開発する企業にとっては大きな課題だ。多くの企業がユーザー中心のデザインアプローチを取り入れている背景には、そのような事情がある。
時代を先取りする気性に富んだ先進的パワーユーザーに限らず、ごく普通の人々が、街で、オフィスで、学校で、家庭で、車内で、空港で、どのように情報機器を使いこなしているか、あるいは使いこなせずに困っているかを観察し、分析することからデザインが始まる。ユーザーが現在の技術やサービスにどのような不満を持ち、どのような製品の登場を待ちこがれているかを、人類学的な観察手法や科学的なインタビュー手法を駆使して調べるのだ。そして、そこから導きだされた「市場の要求」に沿って新製品をデザインする。
新製品は、その時点で利用できる最新の技術を用いて具現化することになるが、もしまだ利用可能な技術が存在しなければ、その技術開発自体が副目標となる。
ユーザー中心のアプローチでは越えられない壁
この手法は、すでにユーザーが理解し、それなりの経験を持っている製品分野においては極めて有効である。これまでの製品に対するユーザーの不満とニーズを見いだし、それを解決する改良型製品を開発するためには、確かに価値があるアプローチといえるだろう。
しかし、ここには根本的なジレンマが生じる。すなわち、革新的な発明を生み出すためには、ユーザー中心のデザインアプローチでは明らかな限界があるということである。
今日まだ存在しない、誰も見たことも聞いたこともない、まったく新しい製品やサービスをどうやって一般の人々が思い描けるのか。
具体的な製品を見せられれば、お金を出してまで欲しいかどうかをユーザーは判断することはできる。あるいは、既存の製品に対する不満や要望を述べることはできる。しかし、見たこともない新製品を一般のユーザーが思いつき、それをインタビューや行動観察から導きだすことは、ほとんど不可能な所業だ。
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