「プライバシー保護」を叫ぶ人々のねらいは脱税
このような議論で、いつも最大の障害になるのは「プライバシー」だ。住民基本台帳法の改正のときも、「私は番号になりたくない」と叫ぶ櫻井よしこ氏などが大騒ぎし、毎日新聞などのマスコミも「プライバシーが国家管理される」と恐怖をあおったため、住基ネットを納税者番号に使わないことが決まってしまった。このときマスコミや市民運動に攻撃されたトラウマ(心的外傷)が官僚に残り、その後も完璧なプライバシー保護ができないかぎり見送る慎重な姿勢が続いてきた。
しかしこういう騒ぎはナンセンスである。税でも社会保障でも、すでに個人別の番号はつけられており、櫻井氏はすでに番号になっているのだ。それが嫌なら、彼女は日本国籍を捨てるしかない。「情報漏洩が困る」というが、基礎年金番号は今でも年金手帳に書かれており、容易に見ることができる。アメリカで社会保障番号が悪用されるケースが多いのは、それをクレジットカードなどの本人認証に使うためだ。この点で秘匿性が高く、ネットワークで処理できる住民票コードは共通番号に適している。
プライバシーを理由にして納税者番号を阻止してきたのは、クロヨンによって税金を逃れてきた自営業者であり、櫻井氏などはそれに踊らされたのだ。また国税庁の職員は、人口10万人あたり43人と先進国でも最低レベルだが、自民党が増員要求を認めなかった。徴税を住基ネットで全面電子化するとともに、民間委託によって税務職員を増員して捕捉率を上げる必要がある。日本の地下経済は約20兆円といわれるので、この半分でも捕捉すれば消費税5%分がまかなえる。
だから「行政効率かプライバシーか」などというのは偽の争点である。セキュリティ技術の発達した現在では、行政の把握している個人データが漏洩するリスクはきわめて小さく、それは共通番号によって大きくなるわけでもない。むしろ今までいい加減に管理されてきた基礎年金番号を住民票コードに移行して合理化すれば、「消えた年金」のような事故はなくなるだろう。一部の人々の政治的な攻撃によって官僚が萎縮し、過剰なセキュリティを求めて事務の合理化が遅れていることが日本の電子政府の最大の問題である。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に、「希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学」(ダイヤモンド社)、「なぜ世界は不況に陥ったのか」(池尾和人氏との共著、日経BP社)、「ハイエク 知識社会の自由主義」(PHP新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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