もしいま、夏目漱石が書いた『坊っちゃん』を、芥川龍之介が書いたものとして出版したら、天国の二人は何というだろう。漱石は「それは私の著作だ」といい、芥川は「それは私の著作ではない」と主張するに違いない。そのような死後の著作者の気持ちは、著作権保護期間の延長などしなくとも現在の著作権法で保護されている。「氏名表示権」(19条)などの「著作者人格権」を侵害する行為は、著作者の死後も禁じられているのだ(60条)。
一方、「職業的著作者」にとっては金銭的収入も重要な要素だ。例えば『坊っちゃん』の著作権が現在も存続していると仮定した場合、その出版などから得られる収入は、現在その著作権を保有している人の懐に入ることになる。天国の漱石はそれをどう思うだろう。著作権の保護期間を延長すれば、ますます著作者と無関係な人がその著作物からの収入を受け取る可能性が上がる。
著作者は本当にそれを望むのか。著作者にしてみれば、生存中の収入が確保されることのほうがはるかに重要だ。自分が死んで数十年後の「権利」という絵に描いた餅より、創作の時点で経済的な厚遇を得られるよう、業界慣行を改善するといった方策を講じるほうがありがたいのではないか。
130年も昔、出版社を保護するために「出版条例」という法律があった。しかし後に「著作権法」へと根本的に改正された。真に保護すべきは、出版社などの流通に携わる企業ではなく、実際に著作物を創り出している著作者自身なのだということに社会が気付いたからである。その著作権法がこの大公開時代においてもなお「著作者」を十分に尊重し、再び流通業の保護に傾斜しすぎることのないよう、注意深く扱っていくことが大切だ。
筆者紹介─塩澤一洋
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「難しいことをやさしくするのが学者の役目、それを面白くするのが教師の役目」がモットーの成蹊大学法学部教授。専門は民法や著作権法などの法律学。表現を追求する過程でMacと出会い、六法全書とともに欠かせぬツールに。2年間、アップルのお膝元であるシリコンバレーに滞在。アップルを生で感じた経験などを生かして、現在の「大公開時代」を説く。
(MacPeople 2007年2月号より転載)









