このページの本文へ

スマホメーカー栄枯盛衰~山根博士の携帯大辞典第98回

日本初の携帯電話を作ったNECがスマートフォン開発に乗り出すまで

2018年07月08日 17時00分更新

文● 山根康宏

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 NECといえば日本を代表する携帯電話メーカー。ドコモを中心に「N」の型番の製品を多数送り出してきました。スマートフォンも2画面端末などアグレッシブな攻めを見せましたが、2013年を最後に撤退してしまっています。NECのスマートフォンの歴史を振り返ります。

日本初の携帯電話を投入。PDAを送り続けた黎明期

 NEC最初の携帯電話は1987年に発売された「TZ-802B」で、パナソニックとの共同開発品でした。それ以前にはショルダータイプの自動車電話も開発していましたが、片手で持ち運びできる携帯タイプの端末はこの製品が最初となります。海外では1983年にモトローラが世界初の携帯電話「DynaTAC 8000X」を発売しており、形状は同様のもので手のひら全体をつかってしっかりと握る必要のある大きさでした。

 本体重量は900グラムと重いものの、外出先のどこでも電話できる利便性は人と人とのコミュニケーションスタイルを大きく変えるものになります。とはいえ当時は携帯電話の加入に保証金が20万円かかるなど、庶民には高根の花であり主な利用者は会社契約したビジネスユーザーでした。

 その後アナログからデジタル方式(PDC)へと世代が変わり、携帯電話はより小型で性能がよく、端末の買い切り制度も始まったことでだれもが使うことのできる製品になっていきます。ドコモが1999年にiモード、2001年にW-CDMA方式の3Gサービスを開始すると日本の携帯電話は一気に高性能化が進んでいきます。NECも積極的に高性能携帯電話を次々に送り込んでいきました。

 その一方で、NECはPDAを多数輩出していきます。「モバイルギア」の製品名で、最初のモデルは1996年に登場しました。「MC-P1」はペン入力のタッチディスプレー端末、「MC-K1」はQWERTYキーボード搭載機でした。OSはまだPocket PC/Windows Mobileが登場しておらず、MS-DOSに独自UIを搭載。もちろん携帯電話機能は内蔵していませんが、14.4kpbsのモデムを内蔵し電話線経由でNiftyサーブなどへの接続が可能でした。当時はISDN対応の公衆電話があり、電話線を接続して町中でもネットアクセスすることができる時代だったのです。

PHS接続も可能だったモバイルギア「MC-CS11」

この連載の記事

週間ランキングTOP5

ASCII倶楽部会員によく見られてる記事はコレだ!

ASCII倶楽部の新着記事

会員専用動画の紹介も!