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現場に聞いたAWS活用事例 第3回

データ分析で「サンクスクジ」キャンペーンの利益を4倍に!

すかいらーくがRedshift+Tableauで実現した「売るためのIT」

2014年04月22日 09時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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日本を代表する外食産業企業である「すかいらーくグループ」は、数十億件におよぶPOSデータをリアルタイムで分析する基盤をAmazon Web Services (以下、AWS)のデータウェアハウス(DWH)サービスであるRedshift上に構築した。あらゆる点で型破りな事例の裏側について、マーケティング部と情報システム部の2人に聞いた。

施策の変更でキャンペーンの利益が4倍増

 「ガスト」や「バーミヤン」「ジョナサン」など年間4億人が利用するファミリーレストランを手がけるすかいらーくグループ。日本国内に3000店舗を展開する同社がクラウドベースのデータ分析基盤を構築したというニュースは、業界に大きなインパクトを与えている。しかも、AWSの中でも新しいサービスであるRedshiftや利用者の評価が高いTableauの採用、相談から1ヶ月での構築・運用、そして年間4億人分という膨大なデータ規模など、あらゆる点で型破りだ。

すかいらーくグループを代表するファミリーレストラン「ガスト」。味やコストパフォーマンスはもちろん、安心・安全を追求している

 今回、すかいらーくグループが構築したデータ分析基盤は、基幹システムから抽出したPOSデータをRedshiftに転送。ビジュアル分析に定評のあるBIツールのTableau Server/Desktopを使ってリアルタイムに分析するというものだ。

 1月半ばから1ヶ月かからずに完成したデータ分析基盤はすでに運用がスタートしており、導入効果も見えている。たとえば、スクラッチカードを使った「サンクスクジ」のキャンペーンでは、今まで同一だった施策を、ブランドごとに変えた。今回のシステム構築をリードしたすかいらーく マーケティング本部 インサイト戦略グループ ディレクターの神谷勇樹氏は、「今までは成功したキャンペーンを他のブランドに横展開していました。でも、データを調べると、リピート客の割合など、ブランドごとに効果に違いがあったんです。そこで、ブランドごとに賞品自体をがらっと変えました」と語る。これにより、キャンペーンの利益は、なんと4倍に跳ね上がった。まさにデータを活用した「売るためのIT」というわけだ。

すかいらーく マーケティング本部 インサイト戦略グループ ディレクター 神谷勇樹氏

 なにより新データ分析基盤は、処理が圧倒的に速い。「Hyperion」をベースにした従来の同社のシステムでは分析も2日かかっていたが、新データ分析基盤で分・秒単位に短縮された。「計算式を作るのに1~2分くらい。実際の集計を回すので数十秒」(神谷氏)とのことで、POSデータを使った仮説検証をスピーディに行なえるようになった。「施策の効果をレビューするミーティングを定期的に開催し、効果のあったブランドとなかったブランドを比較。データを見ながら、その原因を提示し、次の施策につなぎます」(神谷氏)。

 数十億のPOSデータの活用という点で、「これぞビッグデータ!」という声もあるが、神谷氏は、「ストレージの進化や並列処理がこなれてきたことで、既存のBI(Business Intelligence)が使いやすくなっただけ。いわば、そろばんが速くなったということ」とあくまで既存のITの延長上にあると指摘する。商品開発のためのビッグデータや機械学習など、未来に向けた分析ももてはやされているが、「手元にあるデータを使った分析を高速に回すことで、見直せる部分がいっぱいあるのではないかと思った」(神谷氏)とのことで、足下をきちんと見直したのが、今回のシステムの狙いだという。

複雑性、スケール、スピードなどの山積する課題

 もとよりすかいらーくグループは、「ドリンクバー」や「コードレスチャイム」など先進的な取り組みをいち早く進めてきた企業だ。米ベインキャピタルの傘下に入った2011年以降の経営改革の中で、マーケティングでのITやデータ活用はますます加速しており、現行の経営層も、データに基づいた経営指標を重視している。今回システム導入を先導している神谷氏も、こうしたグループのデータ重視の戦略の元、Webビジネスの業界からすかいらーくグループに加わった新しい血である。

 神谷氏の役割は、既存の施策の費用対効果を見える化し、データを元に改善施策を提案、そして社内のデータ活用を進めることだ。また、新聞やCMなどのメディアでリーチしない若年層などを取り込むためのオンライン施策も強化していく必要があった。しかし、今までのBIでは神谷氏が考えるマーケティングサイクルは難しかった。「TVCMだったり、折り込みチラシだったり、店舗で配布するクーポンなどの費用対効果をきちんと見たかったのですが、今までの分析だと、けっこう実態と乖離していました。費用対効果を上げるためにも、もっとデータを活用できるのではないかと考えました」(神谷氏)。

 一方、すかいらーくにおけるマーケティング施策の課題は、需要予測が難しい、スケールが大きい、スピードなどが大きなポイントだったという。

 外食産業の指標としては、来客数、単価、粗利、コスト、時間帯、稼働率などさまざまな要素がある。これらの要素にクーポンやCM、チラシなどマーケティング施策の指標を掛け合わせると、神谷氏が知りたい費用対効果が出る。「たとえば、クーポンの場合、値引率が大きすぎると、たとえ来客数が増えても、売り上げにマイナスをもたらします。でも値引率が低いと、来客数によい効果が出ません。1レシートあたりの粗利で最適なバランスを割り出す必要があります」(神谷氏)。

リニューアルしたガストの「チーズINハンバーグ」は4種類のチーズを採用。何千回もの試食の末に生まれた自信作だ

 しかし、施策ごとの効果を推し量るのはとても難しいという。たとえば、毎日来店する顧客に配ったクーポンが使われても、顧客の純増にはならない。単純に「使われたクーポン数=純増数」とは言えないわけだ。また、あるお客さんがクーポンを使って、いつもと違うメニューを頼んだとしても、それがクーポンに直結しているかはわからない。精度の高い分析結果を上げるには、手間のかかる計算が必要だ。その他、TVCMに関しても、放映している地域と放映していない地域でメニューの売り上げを調べるといった手法がとられるが、地域という要素だけではもはや不十分だ。「たとえば、ロードサイトと駅の近く、当日の天候、競合店の有無などでも売り上げは大きく異なります」(神谷氏)。さまざまな指標を複雑な条件下で組み合わせ、費用対効果を検証する必要があるわけだ。

 こうした複雑性と共に大きな課題は、約3000店舗というスケールだ。全国展開する施策において、仮説検証の精度が低いと、売り上げにも大きな影響が出る。「施策が当たれば大きいが、外れるとリスクも高い」というわけだ。これに対して、今までは手持ちのデータで分析を行ない、フィールド担当が“勘と経験”で施策を練り上げていったため、リスクが高かったという。

 そして、もう1つ神谷氏が課題として掲げたのが、スピード感だ。「分析は仮説を元に試行錯誤しないと答えにたどり着かない。でも、1回の試行錯誤に3日かかるようでは、意味がない」と神谷氏は指摘する。また、定型分析をロジック化したキューブ以外の分析は、結局ロー(生)データを集めて、Excelに落とし込まなければなかった。たとえば、客席の稼働率に関しても「POSデータから入店と来店の時間を抽出し、Excelで分析していました」(神谷氏)とのことで、とても時間がかかっていたという。

(次ページ、ユーザー部門自身が効果を検証し、決定まで)


 

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