こうした動きの背景には「測位主権」という考え方があると、北海道大学教授で国際政治学が専門の鈴木一人教授は説明する。
「測位衛星の機能は社会の重要なインフラになっている。その中で、インフラを握っているのがアメリカ一国であるという状況に対する危機感は根強い」(鈴木教授)というのだ。
実際、アメリカは2000年までGPS民生信号の精度を意図的に低下させる「SA」(Selective Availability; 選択利用性)を実施しており、GPSの機能をコントロールできる。有事の際に同様のコントロールを復活させるとしたらどうだろう。また、「GPSⅢ衛星では、測位信号をビーム化することが可能で、ある地域だけ精度を劣化させる、見えないようにする機能を持っています。アメリカが今になってGPSのサービスを止めたり、精度を落としたりする可能性は高いとは言いませんが、100のうち3~4くらいの可能性でないとは言えない」(鈴木教授)という。有事の際にはこうした処置を施される可能性も考慮しておかねばならない。GPSが社会インフラに深く関わっている現在、安全保障としてのバックアップは重要だ。
もう1つは、予算の関係でアメリカがGPSを維持できない可能性だ。全世界で24機以上の人工衛星を更新しながら無料でインフラを提供する負担は重い。米会計検査院は何度もGPS衛星開発の予算超過を報告しており、2012年3月には2014年から打ち上げが始まるGPSⅢ衛星の予算は、すでに当初計画から18%も超過した、と報告している。2017年以降は1基のロケットで2機のGPS衛星を打ち上げる「デュアルローンチ」に対応するなど、コストダウン策が計画されてはいるが、
「もしこの先、アメリカの債務上限について議会と大統領府が合意できないことがあれば、 自動的に“シャットダウン条項”が発動します。国防費は半分になり、GPS予算もつかなくなるわけです」(鈴木教授)という潜在的危機がある。
しかし実際には、GPS予算危機は2009年にも報告されたが、予備機の更新はその後も行なわれている。いきなりGPS衛星数不足に陥ることはなかったし、有事といっても、現在東アジアの地域で紛争が起きているわけではない。
将来は準天頂衛星の7基体制もあり得る?
2007年に準天頂衛星初号機の開発がスタートした当初、プロジェクトマネージャに就任したJAXAの寺田弘慈氏によれば「『GPSが無償で利用できるのに、民間が手を引いた衛星プロジェクトをなぜ国費を使って進めるのか』という、主にメディアからの逆風を感じた」という。
しかし、2007年に成立した地理空間情報活用推進基本法(GIS法)では2009年の初号機打ち上げを予定しており、政府側から「『とにかく急いで打ち上げる』『確実に動かす』の2点を強く要求されました。GPSに加え、Glonass、ガリレオ、Compassなど、諸外国が次々と測位衛星を整備し、『わが国でも同じシステムを持たねば』という雰囲気は強くあった」(寺田氏)と話す。また、2008年に成立した「宇宙基本法」と翌2009年に決定された「宇宙基本計画」でも、衛星測位システムの開発を後押ししている。同法の立案に関わった前出の鈴木教授も、「測位主権という考え方について、法案にあたって繰り返し説明しました」と語る。
そして日本の現在の方向性としては「まず4機を打ち上げる」という形になったようだ。検討を重ねたのが、宇宙戦略本部に設置された「準天頂衛星推進ワーキンググループ」だ。東京大学の柴崎亮介教授、前出の鈴木教授ら有識者が参加しているWGでは、「今のところ、GPSが止まる可能性はそこまで高くないので、GPSに依存しつつ精度を高める4機体制でいい。これが本当に危なくなったら、あと3機の静止衛星を追加すれば自律的測位が可能になり、備えの2段構えにできる」という結論に達したという。まずは準天頂衛星4機、という決定には、こうした議論の結果もあってのものだった。
その2号機目以降だが、衛星の開発と打ち上げはこれから。この7月には「研究開発中心から利用へ」という国の宇宙政策の基本理念や宇宙基本法に沿って省庁間を横断して宇宙政策を主導する「宇宙戦略室」が発足した。この下に準天頂衛星システムを運用する組織も発足する予定だ。製造段階には入っていないものの、2号機目以降のシステム設計は、国際宇宙ステーションの運用管理などを行っている唯一の民間企業「有人宇宙システム」が担当しており、現在作業中だ。
宇宙開発の利用推進、産業振興を明言した「宇宙基本法」の考え方を表す準天頂衛星「みちびき」は、その最初のプロジェクトと位置付けられている。しかもそれを、衛星1機で「走りながら」モノにしなくてはならないのが準天頂衛星の現状だ。この状態で、準天頂衛星を日本やアジア太平洋地域に根付いた実用システムにするために関係者はどう考えているのか。2機目以降にはどのようなシステムになり、地上で何ができるようになるのか。次回は準天頂衛星に期待できるサービスと、各国との競争について解説していきたい。