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「準天頂衛星」は宇宙ビジネス成功のカギとなるか?

日本の準天頂衛星は世界からの遅れを取り戻せるのか?

2012年08月24日 12時00分更新

文● 秋山文野

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 「はやぶさ2」の敵であるかのようなありがたくないイメージを持たれつつも、経済効果や自律的測位の達成を目指して衛星1機を打ち上げ、日本の測位信号提供を開始した準天頂衛星「みちびき」。今回は、初号機の状況はどうなっているのかという点や、準天頂衛星で結果を出すためにすべきことや可能性について見ていこう。

準天頂衛星対応の実証実験は
着実に進んでいる

 まずは初号機の現状を見てみよう。2010年9月11日に打ち上げられた準天頂衛星「みちびき」初号機は現在、測位信号を順調に送信中で、高精度な測位を実現している。GPSを補助する「補完信号」の分野ではすでに対応のハンディナビやカーナビなど、コンシューマー製品もいくつか登場している。

 位精度を1m以下にする補強信号「L1-SAIF」、cm級にする「LEX」は、「SPAC(財団法人衛星測位利用推進センター)」が中心となって実証実験を行なっている最中だ。すでに100以上のテーマに則した実証実験が行なわれており、例えば無人農機や建機の走行、高精度地図のリアルタイム更新、屋内・屋外のシームレス測位などが可能になっている。夏以降は「みちびき」が昼間の時間帯に天頂にかかるので実験しやすく、実証実験も本格化する。また、これに合わせて、1m以下の精度を実現する「L1-SAIF」信号対応の実証向け製品も登場している。

左:ガーミンの準天頂衛星の補完信号受信に対応したカーナビ「nuvi 2565」。右はハンディーGPS「eTrex 10」。いずれもコンシューマー向けとしては初めての「みちびき」対応製品だ

 準天頂衛星計画と並行して進められているGPSと同形式の屋内型測位信号「IMES」の実証実験も進めてられており、2011年にはメーカーや有識者が集ってコンソーシアムが発足した。現在、Androidスマートフォンと連動して利用できる受信機を使い、東京・世田谷の二子玉川の商業施設で実験を重ねている。JR北海道も実証に積極的に参加しており、JAXAと共同で駅構内での施設案内に活用するといった実証実験がスタートした。みちびき独自の実験用信号で、cm級測位が可能になる「LEX」形式を使った実験も、SPACが開発した実験機を貸し出して実証が進行中だ。

2012年6月に開催された「G空間EXPO」で展示されたメモリーカード型測位受信機。利用実証実験に使用されている

現在実証実験に使用している、実験用信号の種類

 とはいえ、JAXAによる準天頂衛星情報サイト「QZ-vision」の実験スケジュールを見ると、「L1-SAIF」では信号の開発元別に2方式、「LEX」では3方式の実験が交互に行なわれていることがわかる。「LEX」は受信機端末が高価なため、実証実験を積極的に進めるには数が足りない状態であり、L1-SAIFは仕様が完全に固まらないので、市販機といっても実験的な製品にとどまっている段階だ。IMESでは、LED照明組み込み型の測位信号送信機など意欲的な製品が登場したが、こちらも仕様が固まらないので参考商品にとどまっている。

準天頂衛星情報サイト「QZ-vision」では、実験スケジュールが常に公開されている

準天頂衛星に期待される経済効果

 精度の高い位置情報を安定して得られるようになれば、「GPS=カーナビ」というイメージを越えて、新しいサービスや産業が活発になることも期待できる。2008年の経済産業省「地理空間サービス産業の将来ビジョンに関する報告書」では、2008年の地理空間情報サービスに関する市場規模約4兆円から、2013年までに

「ソリューション」(観光や物流、広告、交通情報や位置情報検索などのアプリケーション分野)
「デバイス」(PC、携帯電話、カーナビ、電子タグなど)
「プラットフォーム」(課金・決済、認証、セキュリティなど)

に加え、リアルタイム物流や位置情報を使ったマーケティング、3Dマップや測量、位置情報を使った無人ロボットなどの「新産業」が活発化し、4つの分野を合わせて市場規模は10兆円まで膨らむと試算している。この数字はGPSその他の衛星測位や屋内・屋外シームレス位置情報の整備、基盤地図更新のコストダウンといった条件を整えた上でのことであって、準天頂衛星に対応する製品だけの売上を指しているわけではないが、測位衛星システムの基盤を整備すれば、こうした効果が上がると期待されている。

 日本で宇宙分野の産業統計をとっている「SJAC(日本航空宇宙工業会)」では、宇宙産業を4つのレイヤーに分けて定義している。もっとも上流は、ロケットや人工衛星など直接宇宙へ打ち上げられるもの、またそれをコントロールする地上局などを製造、運用する「宇宙機器産業」だ。次のレイヤーが宇宙機器から降りてくる衛星通信や地球観測データ、測位サービスなどの「宇宙利用サービス産業」、さらにその次のレイヤーは宇宙利用サービスがもたらすデータを使って通信放送や交通、気象観測などを行なう「ユーザー産業群」。そしてもっとも下位のものが、ユーザー産業群向けに通信放送や測位の受信機器などを製造販売する「宇宙関連民生機器産業」――の4つである。

日本が定義している宇宙産業の4つのレイヤー規模

 ロケット打ち上げ回数も衛星数もそれほど多くない、官需中心の日本では上流の2分野の経済規模は実は小さく、特に宇宙機器産業の部分はほぼその年度の政府の宇宙予算と同じだ。産業として大きいのは、すそ野にあたる宇宙データの活用ビジネスやそのためのハードウェア製造だ。

 元SJACで「宇宙産業データブック」の編纂にあたり、宇宙基本法などの政策提案のほか東京財団で宇宙・海洋分野の研究を行なう坂本規博研究員は、ユーザー産業群の中で衛星測位を利用する分野は多数あるという。たとえば農林水産分野では、漁船用のGPSシステム、建設関係では測量や建機の稼働率を位置情報で管理するシステム、運輸関係では配車管理や、個人向けサービスでは徘徊者検知、携帯地図情報(地図アプリやハンディナビが含まれる)などが挙げられる。2009年には9100億円程度だった衛星測位分野の市場規模は、位置精度が向上することで新たな活用が生まれ、将来的に1.5倍にも2倍にもなるという。

社団法人 日本航空宇宙工業会では我が国の航空機、人工衛星、ロケット及びそれらのエンジンをはじめ、関連機器、素材等の開発等に関わる企業と貿易商社、約140社が集まって調査・研究が行なわれている

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