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コンプガチャ規制についての考察 第2回

コンプガチャは怪しいビジネス手法なのだろうか? これを検討してみよう

ゲームに高額課金者が必要な理由

2012年06月21日 09時00分更新

文● 田中辰雄

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(3)禁止措置の影響

 このようにコンプガチャをやるような高額課金者はゲームにとって必要な存在である。それはアニメ産業が、BDのような高額商品を買うマニア層を必要としていることと同じである。

 ここでコンプ形式が禁止されたとすると何が起こるだろうか。もし、コンプ形式に代わる高額課金の仕組みが考案されれば、それに置き換わるだけで問題は生じない。しかし、そのような新たな高額課金の仕組みが可能かどうかまだわからない(*6)。また、そもそも高額課金自体を問題視する見解に沿えば、どのような方法であっても高額課金自体が難しくなるだろう。仮に高額課金をすべてあきらめるとすると、どうなるだろうか。

 図1から考えて、図1bが禁止されるのであるから、図1aに戻るのが自然な道筋である。すなわち、無課金者をなくし、全員から広く薄く課金するモデルに戻ることになる。これは図に示すように市場の縮小を意味し、消費者利益は大きく損なわれる。

 これは理論的な可能性というだけではなく、実際、その方向への変化が起きつつある。それは交換の制限である。ある大手ソーシャルゲームではコンプガチャの禁止以降、異種トレードの禁止(*7)、交換不可アイテムの登場(*8)、交換相手の制限(*9)などの措置が導入された。

 これら一連の措置は、すべて交換を制限して無課金者を課金に誘導する措置と解釈することができる。無課金者は高課金者との交換によってレアカードなどゲームに必要なアイテムを得ていたのであるから、交換を制限されれば自分で課金してアイテムを入手するしかなくなる。言い換えれば、これは実質的な値上げに等しい。

 これまで無課金でプレイできていたユーザの不満は大きく、一部でゲーム離れを引き起こしている。高課金ユーザにしても不要カードを売ることができないので交換制限措置への不満は強い。すなわち、ほとんど誰も得をしていない(*10)。図1bから図1aへ移行すれば消費者の利益は大きく損なわれるのであるから当然の結果である。消費者の利益を守るはずの消費者庁の措置が、消費者の利益を損なっているのは皮肉としか言いようがない。

 この事態を想像できない方は、次のような仮想的な事態を考えていただきたい。もしアニメのBDの販売が禁止されて、広く薄く全視聴者から徴収しなければならなくなったとしたらどうなるか。たとえばアニメは有料チャネルで1話100円で見ることにし、それだけで収益をあげなければならないとしたらどうなるだろうか。

 いままで無料だから見ていた層はアニメから離れ、ファン層は大幅に縮小するだろう。アニメの製作本数は減少し、社会全体として損失が発生する。今回の消費者庁の措置は、論理的にはこれに等しいことをソーシャルゲームに対してしたことになる。

 消費者庁がこのようなビジネスモデル全体を見渡した判断をしたかどうかは疑問である。消費者庁の検討会の議事録にはあるのは、思いがけない出費を強いられたユーザからの不満と、絵合わせ禁止の適用の検討だけであり、禁止した場合のビジネスと消費者に及ぼす影響についての考察はない(参照PDF:インターネット消費者取引連絡会 第4回会合)。

 絵合わせ禁止のときは、禁止してもお菓子業界のビジネス全体への影響はなかったが、コンプガチャ規制禁止の影響はそれに比べると格段に大きい。コンプ形式へのユーザの不満に対処するには、禁止などという強硬措置を取らなくても天井を入れる・確率を公正化するなどいくらでも対処方法があるのだから、それらを検討すればよかった。

 それを検討せずに、一気に禁止に進んだのは、おそらく絵合わせ禁止という背景のまったく異なる法理をそのまま機械的に適用したからと思われる。しかし、この禁止措置はビジネスモデルの心臓を突き、多くの消費者の利益を損なうことになってしまった。安易であったと思わざるを得ない。

 まとめると、コンプガチャは高額課金システムであり、そして高課金者と無課金者の共存こそがこのビジネスモデルの核心である。両者が存在してこそ、大きな消費者利益が生み出されるのであり、片方(高額課金)の否定は、市場の縮小と消費者の損失を引き起こす。コンプガチャの規制は消費者利益を損なったのであり、この点で誤りであったと考える。

 しかし、ここまで読んできた方の中には、それではなぜコンプガチャの擁護論がネット上で出ないのかと疑問を持つ人がいるかもしれない。確かに、日頃は政府の規制を嫌い、自由を主張するネット上の議論が、コンプガチャ規制に関しては、消費者庁の意向を支持している。

 これに限らず、ネット上ではソーシャルゲームの問題点を指摘するブログや記事の方がずっと多い。従来型メディアである新聞や雑誌が、ネットがらみの新しい現象に批判的なことはよくあることであるが、今回はネット上の言論もこれに同調している。これはなぜであろうか。次回はこの点について考える。

前回はこちら

*6
コンプガチャ以外の高額課金方法としては二つの方向がある。ひとつはコンプをやめてそのままの単純ガチャにする方法である。この場合、コンプのような途中経過なしで、いつ出るかわからないくじを引き続けることになるので、ユーザにとっての不確実性は上昇する。もし不確実性の度合いでギャンブル性を測るなら、(消費者庁の意図に反して)かえってギャンブル性は上昇してしまう。もう一つの方向は、逆に不確実性をゼロにし、強レアカードを2万円などの高値をつけて売る方法である。ただし、これは不要カードの交換を通じた無課金者と高課金者の交流を失わせてしまい、またそもそもカードをくじで引くというゲームの持っていた本来的特徴を崩すことになる。いずれも2012年5月末時点でこの二つの方向に沿った部分的な試行錯誤が行なわれているが、これが成功するかはどうかは未知数である。私見ではこれらの方法でコンプガチャ並の収益をあげるのは難しいだろう。

*7
異種トレードとは異なるゲーム間でのカードの交換のことである。「Aというゲームの指定カードをください。その代りにBというゲームの指定カードをあげます」という形で行なわれる。なお、この交換はもともと公式には認められていない。

*8
カードや体力回復薬など重要なアイテムは交換可能であったが、それらの中に交換不可なものが登場した。

*9
交換できる相手はゲームに参加するすべての人であったのが、特定の条件を満たした人とのみという、交換範囲を著しく制限する措置がとられた。

*10
高課金ユーザは高額の支払いをしなくて済むようになった面のプラスはある。ただし、無課金ユーザが減って、市場自体が縮小すれば彼らにもマイナスの面が出てくる。そしてこれらのプラスマイナスを合わせた高課金ユーザの最終的利益が仮にプラスであるとしても、社会全体としてはマイナスであり、損失が発生していることは図1から明らかである。

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