テレビネットワークだけでは勝てない
―― なるほど。日本動画協会データベースWG座長の増田弘道氏が指摘していた『テレビネットワークを持っていないこと』が利いている様子が良くわかります。新規のブランドを投入するのはいよいよ困難な状況ですね。日本では唯一アニマックスがソニー・ピクチャーズ傘下として海外にネットワークを持っていますが……。
数土 「誤解があってはいけないのは、グローバルネットワークを持っていて、そこに自らの作品を投入すればヒットする、という単純な構図ではないということです。アニマックスは2007年前後にヨーロッパ・アフリカ・南米へと急速にネットワークを拡大しました。しかし、いまその拡大路線を一旦ストップしています。
結局、フランス・イギリス・アメリカには進出するに至っていません。南アフリカからは撤退しています。なぜかといえば、日本のアニメが受けなかったからです。成功しているアニマックス・アジアがいま何をしているかといえば、ローカル制作と他国コンテンツの導入です。アジア向けの作品を作り始めているんですね。
要は、アニマックスがこれまで放映してきたような、コアなマニア向け作品は大衆には受けなかったんです」
日本アニメ風の作品に市場を奪われた日本アニメ
―― 先ほど質問させていただいた、“文化の違い”の壁はやはり大きかったということですね。大衆向けのコンテンツも急にはラインナップできませんから、ローカル制作で文化ギャップも吸収した作品を作ろうという流れになる、と。
数土 「そこで僕と椎名ゆかりさん(北米マンガ事情に詳しい翻訳者・出版エージェント)がよく出すのが“アニメスタイル”“マンガスタイル”という言葉なんです。いまアメリカやヨーロッパの会社が“いかにも日本で作ったような作品”をどんどん制作しています。たとえば『アバター 伝説の少年アン』などがそうです。
海外のアニメ賞を多数受賞した『アバター 伝説の少年アン』は2Dのアニメーションで、動きやキャラクターは日本的です。世界観もアジアンテイストになっています。明らかに日本のアニメを研究していて、市場にも受け入れられている。そして、玩具と連動させる日本の十八番をそのまま取り入れています。
また、フランスのマラソン社は日本アニメと見まごうクオリティの作品を生み出しています。それだけじゃありません。ドバイやエジプトに行っても、『こんなもの作ったから見てくれよ』と言われる。各国で“日本アニメスタイル”の作品が次々と生まれているんです。
これらの作品は、日本のアニメファンやクリエイターからすると見劣りがします。『あれはまがい物だ。デッサンも狂っている』という批判すら出る。しかし、よくよく見ると、技術が至らないからではないのです。海外のクリエイターは自分たち、そして自国の消費者に合わせて描いているんですね。
そうやって出てきた日本アニメ風(日本アニメスタイル)の作品と、オリジナルの日本アニメを並べてみたときに、どちらが好きですかと現地で聞けば――消費者は前者を選び、結果としてビジネスも成功するんです。それがいま世界各国で起こっている現実です」
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―― アメリカ人にとってはカリフォルニアロールこそが自分たちの口に合う寿司だという話と同じですね。それによく考えてみれば、日本人だってカレーは大好きですが、インドのオリジナルレシピを尊重しているかといえば……。
数土 「そう! そんな感じですよ(笑)」
―― 一部の作品で取り組まれているような日中合作など、現地の文化・感覚を活かす形での制作がより推進されていくべきかもしれません。
数土 「すごく重要です。フランスのアニメスタジオ・オンラインゲーム会社のアンカマはここ数年間で急成長しています。その原動力の1つが“日本スタイル”のアニメです。日本にも支社を出しており、いまは日本のスタジオで働いていたスタッフを雇用して、フランス向けのアニメを日本で作っています。本当は日本のプレイヤーが同じことをできればベストなのですが」
―― アニメに限らずほかの産業についてもよく指摘されることではありますが、海外に行って現地で作るという手法が改めて重要だと感じます。
やはり規模の力は重要だ
数土 「そこで問われるのがやはり資本の力なんですね。国の施策――たとえばクールジャパン戦略などを見ていて、おやっと思うのはアニメビジネスと中小企業振興が結びついていることです。
確かに中小のスタジオを守り、育成することは大切なことです。しかし、世界のエンターテインメントビジネスは、もう巨大なコングロマリットであることが当たり前なんですね。年商数十億円規模の企業が現地に支社を出したり、ディズニーやニコロデオンといった強力なプレイヤーと渡り合えるのかと言えば、やはり難しいと言わざるを得ません」
―― 管轄する経産省が中小企業振興も重要ミッションの1つとしていることと結びついているのが、大きな絵を描くことを難しくしているとしたら皮肉ですね。世界に出て行くことを目的とするならば、批判も多いところですが、かつての護送船団方式であったり、企業間の合従連衡を促進させるような施策も必要かもしれません。
数土 「そう考えていくと、独占禁止法のあり方や、あらゆる産業で企業が多過ぎることの弊害などにも通じていく話ではありますね。クリエイティブの多様性はとても大切で、比較的規模が小さくても多種多様な企業があるべきだと思いますが、海外展開を主導するのであれば、大きな企業体も欲しいところです」
―― テレビネットワークを押さえ、現地に対応した作品を作っていくこと。また海賊行為に対して効果的なリーガルアクションをとること。これらを実行するためには、メディア企業側をもう少し集約する必要がありそうですね。
数土 「さらに言えば、やはりビジネスの規模を考えればコア向けよりも、玩具との連動が図れる大衆向けを中心に据えたほうが大きなビジネスになることは強調しておきたいと思います。
電通がコア向け作品を手がけるジェネオンUSAとの提携を解消したことも、それを象徴する動きです。現在、電通や三菱商事などは、現地玩具企業と提携して、玩具と連動したマス向けのビジネスを展開しています」
―― 振り返れば、『機動戦士ガンダム』はそれまで子供向けだったアニメを大人向けにする橋渡しとなった作品である一方で、玩具・プラモデルと密接に結び付いていました。いったんそこに立ち返る必要があるかもしれません。マス向けで再びブランドを確立すれば、そこを足がかりとしてもう一度コア向けにも拡げられますし。
数土 「日本では同列に語られることも多い2つのカテゴリーですが、海外市場では明確に分けて考えたほうがよいでしょうね。ビジネスチャンスが大きいのはマス向け作品。対してコア向け作品は、クールジャパンに通じる話で“日本のブランド力を引き上げる”役割は大きいのですが、決して大きな市場ではありません。損してはいけないけれど、大きな儲けにつながるものではありません。
―― まさに前回冒頭の“復興におけるアニメの役割”ですね。今回は多岐に渡りありがとうございました。
著者紹介:まつもとあつし
ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環に在籍。ネットコミュニティやデジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆、映像コンテンツのプロデュース活動を行なっている。DCM修士。この連載をまとめた新書『生き残るメディア 死ぬメディア 出版・映像ビジネスのゆくえ』(アスキー新書)も好評発売中。公式サイト松本淳PM事務所[ampm]。Twitterアカウントは@a_matsumoto
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