SIMロックの禁止より電波の開放を
今回の総務省のねらいは、このようなガラパゴス化に歯止めをかけようということだが、キャリアは警戒している。ソフトバンクモバイルの松本徹三副社長は、「アゴラ」で次のように反対している:
SIMロックを解除するということで期待されているのは、「同じ端末でもSIMカードを交換すれば、違う通信事業者のネットワークで動くようになる」ということでしょうが、実際には、端末自体を始めからそれを前提に創り込まねば、この期待に応えられる可能性はありません。事業者によって周波数も違いますし、センター設備でのサポートの仕方も違うからです。 ~中略~ こうして作られた端末機は、嫌でも今のものよりは相当高くならざるを得なくなるということなのです。
たしかにSIMカードによる水平分業を前提にして産業構造ができた欧州と、キャリアもメーカーも垂直統合に組み込まれた日本では、かなり事情が違う。少なくとも過渡的には、混乱は避けられない。松本氏も指摘するように、ガラパゴス化の原因をSIMロックだけに求めるのは責任転嫁で、日本のメーカーがOSの共通化などによって開発効率を上げないで高機能化を競ってきた結果でもある。これは1980年代に、PC-9800とそれ以外のパソコンがバラバラの規格で競争して共倒れになった状況と似ている。
しかしこのようなメーカーの行動様式も、キャリアが高機能の仕様を決め、全量を買い取るため在庫リスクがないという特殊な産業構造の産物だ。これを変えないでメーカーだけに世界標準化を求めるのは無理があり、端末を共用できるようにキャリア側も努力する必要があろう。しかし総務省がSIMロックを法的に禁止するのは感心しない。欧州の標準化も域内統一の過程で長い年月をかけて行われた合意形成の産物であり、日本でも垂直統合型の産業構造を変えるには時間がかかる。
それよりもむしろSIMロックなしの端末が自由に参入できる新しい帯域を開放してはどうだろうか。当コラムでも紹介したように、FCCは今後10年間に500MHzの帯域を開放するという計画を発表している。日本でも浪費されている帯域は数百MHzあり、これが開放されればベンチャー企業や外資が10社以上は参入できるだろう。
キャリアがすべてをコントロールする電話型の構造は過去の遺物であり、これからのワイヤレス産業のリーダーは端末メーカーである。日本のメーカーがこのまま鎖国状態で衰退してゆくと、日本のワイヤレスサービスに未来はない。キャリア主導の日本の産業構造をメーカー主導に変えてワイヤレス産業を活性化するためにも、SIMロックの禁止より電波の開放が緊急の課題である。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に、「希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学」(ダイヤモンド社)、「なぜ世界は不況に陥ったのか」(池尾和人氏との共著、日経BP社)、「ハイエク 知識社会の自由主義」(PHP新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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