シームレスな環境を目指すウィジェット
OS 9までのMacにも、仕組みはまったく異なるものの、今日のウィジェットに相当するミニアプリケーションがあった。それは、初代MacにまでさかのぼるDA(デスクアクセサリ)だ。
当初のMacは、マルチタスク機能を持たず、一度にひとつのソフトしか使うことができなかった。何かのソフトを起動すると、Finderまでもが、いったん終了してメモリー上から消えてなくなる。これは当時のミニマムなハードウェアを考えると、やむを得ない仕様だったとも言えるが、そのままではユーザーはかなりの不便を被る。そこで、その不便を軽減するために考えられたのがDAだった。デバイスドライバーとしてシステムに組み込むことで、一般のアプリケーションが動作中でも、複数のDAを使うことができた。
本来は、電卓やアラーム時計といった単機能のソフトを動かすための環境として用意されたものだが、一般のソフト顔負けの機能を実現するものも登場し、Macでマルチタスクが可能になった後も、OS 9時代まで使われ続けた。一種のソフトウェアプラットフォームとして予想外に大きな発展を見せたその背景には、「アップルマーク」メニューから選択して素早く起動できるというインターフェースとしての利便性があったことも、重要な要因だろう。
OS XではDAは使えなくなってしまったが、それでもミニソフトの実行環境に対するニーズは根強くあったはず。それは強力な機能よりも、手軽な使いやすさに対する要求だ。そうしたアップルが取りこぼしたニーズは、よくあることだがサードパーティーが拾うことになる。それがDashboard以前にMac上でウィジェットの動作環境を実現した「Konfabulator」だった。
KonfabulatorにしろDashboardにしろ、現在のウィジェットは少なからずウェブアプリケーションの技術を応用している。このような特徴をさらに押し進めたのが、OSに依存しないアプリケーション実行環境の普及を目指す「Adobe AIR」だ。MacとWindowsの垣根を取り払うだけでなく、ある意味ローカルなソフトとウェブアプリケーションをシームレスに接続するものとも言えるだろう。こうしたシームレスな実行環境の原点は、MacのDAにあったと見ることもできるのだ。
一方のWindowsでは、比較的早くから曲がりなりにもユーザーにマルチタスク環境を提供していたこともあり、DAのような特殊なミニソフト実行環境といったものは存在しなかった。初期のWindowsで「アクセサリ」と分類されているものも、技術的には一般のアプリケーションと変わらない。電卓などもウィンドウ内に固有のメニューを持つスタイルで、DAやウィジェットとはかなり雰囲気の異なるインターフェースだ。これはXPまでずっと変わらなかった。しかし、そうした状況もVistaのサイドバーの登場で一変した。この点から見ても、Windowsもここである種の転機を迎えたのだ。名前の違いはともかくとして、こうしたウィジェット実行環境は、単なる流行ではなく、OSの違いやプログラムが動作する場所などをユーザーに意識させない、シームレスなソフトウェア環境への先駆けとなるものと考えられる。
(MacPeople 2008年7月号より転載)
筆者紹介─柴田文彦
MacPeopleをはじめとする各種コンピューター誌に、テクノロジーやプログラミング、ユーザビリティー関連の記事を寄稿するフリーライター。大手事務機器メーカーでの研究・開発職を経て1999年に独立。「Mac OS進化の系譜」(アスキー刊)、「レボリューション・イン・ザ・バレー」(オライリー・ジャパン刊)など著書・訳書も多い。また録音エンジニアとしても活動しており、バッハカンタータCDの制作にも携わっている。
この連載の記事
-
最終回
iPhone/Mac
ユーザーの優柔不断につきあう「ゴミ箱」 -
第13回
iPhone/Mac
右クリックメニュー、その歴史と効果 -
第13回
iPhone/Mac
MacとWindows、「検索」の進化を振り返る -
第12回
iPhone/Mac
Mac・Winで比べる、ソフトの切り替え方法 -
第11回
iPhone/Mac
「ヘルプ」機能から見る、Mac OSの今と過去 -
第9回
iPhone/Mac
スクリーンセーバーの存在意義 -
第8回
iPhone/Mac
「マルチユーザー」サポート -
第7回
iPhone/Mac
日本語入力の生い立ち -
第6回
iPhone/Mac
クリップボードという大発明 -
第5回
iPhone/Mac
ファイル表示のあれこれ - この連載の一覧へ