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永遠のベータ

2008年06月29日 15時00分更新

文● 塩澤一洋 イラスト●たかぎ*のぶこ

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大々的に公開される ベータ・バージョンの誕生


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 スペインのバルセロナにそびえる美しい教会、サグラダ・ファミリア。1882年に着工したものの、翌年、建築家が辞任し、アントニ・ガウディが設計し直して建築を続行。以来、1926年に彼が亡くなったあとも今なお建築が続けられている。完成がいつになるのかは未定だ。また、着工から120年以上が経過しているため建築と同時に修復も行われており、一部は観光客に公開されて拝観料が建築費用に充てられているそうだ。

 しかし通常、建築中の建造物は防護壁に囲われていて、一般に公開されることはまずない。関係者の内覧に供されることはあっても、普段は立ち入り禁止だ。その最大の目的は安全の確保に違いない。

 建築物以外の著作物を考えてみると、作曲中の交響曲、描いている途中の油絵、執筆中の恋愛小説といったものが公開されるのはまれだ。未完成の著作物が人々の目に触れる機会は非常に少ない。建築物とは異なり、その理由はもちろん安全の確保ではあるまい。完成してから公開するのが当然と考える根底には、作っている途中の姿を見せたくない、あるいは見せるべきではないという、奥ゆかしい心理が働いているのだろう。

 自分が何かを作っている場面を考えてみれば、完成するまで誰かに見られたくないという気持ちを抱くことは十分理解できる。未完な状態を人目にさらしたくないとか、不完全な状態で評価を受けたくないと感じるかもしれない。著作権法18条の公表権は、「未公表の著作物を公表できるのは著作者だけである」という原則を定めるものだが、「いつの時点で公開するか(しないか)の決定を著作者に委ねる」という趣旨にもとらえられる。未完成な段階では他人に見られたくないと考える、著作者の気持ちが法的にも保護されているのである。

 しかし、インターネットの発達がもたらした今日の大公開時代、「作品は完成してから公表する」という状況が変わって来た。未完成なものもどんどん公表する。いや、「完成」の定義そのものが怪しくなっているのだ。


(次ページに続く)

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