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日本のITを変える「AWS侍」に聞く ― 第19回

25年のベテランエンジニアが考える勉強会を続けるコツ

地方勉強会の成功パターンを考え続けるJAWS-UG大分の平野さん

2016年03月30日 07時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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JAWS-UG大分で着実に勉強会を仕掛ける平野文雄さんは、かれこれ25年のベテランエンジニア。地元大分で、楽しく、堅実に勉強会を続ける平野さんの半生を振り返りつつ、勉強会を続けるためのコツをJAWS DAYS 2016の会場で聞いた。

本連載は、日本のITを変えようとしているAWSのユーザーコミュニティ「JAWS-UG」のメンバーやAWS関係者に、自身の経験やクラウドビジネスへの目覚めを聞き、新しいエンジニア像を描いていきます。連載内では、AWSの普及に尽力した個人に送られる「AWS SAMURAI」という認定制度にちなみ、基本侍の衣装に身を包み、取材に望んでもらっています。過去の記事目次はこちらになります。

人工知能からスタートした平野さんの半生

 大学時代に平野さんが学んでいたのは、今やブームとなっている人工知能だったという。「いわゆる昔のAIブームの時に大学にいました。1991年に社会人になって、最初に所属した福岡の会社でも人工知能をやりました」と当時を振り返る平野さん。その会社では固定電話のビジネスがメインだったが、インターネットの普及、そしてブロードバンドの波が訪れる中、市場の縮小は見えていた。そんな中、平野さんは翻訳ソフトや人工知能など新製品のタネになる開発を延々とやっていたという。

 とはいえ、ジャンルが今ほど細分化されていなかったため、本業のソフトウェア開発に専念できるわけではなかった。「最近はフルスタックエンジニアというカッコイイ言葉がありますが、要は何でも屋。全部お前やれという感じでした」(平野氏)とのことで、サーバーの構築からネットワークの敷設までいろいろ手がけていたという。

JAWS-UG大分の代表を務め、AWS Samurai 2015に選ばれた平野文雄さん

 結果的にその会社には14年近くいたが、親の介護のため、会社を辞め、地元である大分に戻る。そこで就職したいくつかの会社でも、サーバー構築や運用を経験。「そこでもサーバーの障害には悩まされていた。ホスティングを使っても、やはりトラブルはあった」と語る平野さん。

 こうした経験を経て、3年前にAWSと出会ったときのインパクトは大きかった。2012年頃、たまたまおつきあいしている会社からAWSを導入したという話を聞いた平野さんは、会社で抱えていた海外向けのサービスにもAWSを入れてみたという。「海外向けのサーバーを建てるのはすごい大変なのに、1日でサーバー構築が済んでしまった。なんて楽ちんなんだと思った」と平野さんは語る。その後、平野さんはサービスのサーバーすべてを4ヶ月かけてAWSに移行。「単純に本番で使えるだけではなく、スケールできるの大きい。社長がコンソールを覚えてしまって、夜中にこっそりスケールさせたりしていた(笑)」と平野さんは語る。

 AWSとの出会いについて平野さんは、「カチッとスイッチが入った感じ」と説明する。「クラウドのメリットをいくら語っても響くポイントは人によって違う。それが自分の経験に直結するとカチッとスイッチが入る。僕にとっては『楽じゃん』だった」(平野さん)。

他の勉強会とも相乗りさせ、定期的に勉強会を開催

 こうしてAWSの世界に入った平野さんは、JAWS-UG大分に足を踏み入れる。2013年、ちょうど自社のサーバーをAWSに移行しようと考えていた第1回の勉強会に初めて参加。「目黒に行ったらハンズオンで教えてくれると思って探していたら、地元にも勉強会があった」ということで、その後何回も勉強会に参加したという。

 2014年9月に前支部長からの依頼があり、JAWS-UG大分の支部長に就任。参加する方から、主催する方に移った。会社もイジゲンという10人くらいの開発会社に移り、Webやアプリの開発を続けながら、定期的に勉強会をやっている。会場は大分駅近くの「ホルトホール」。「公共施設なので、安く借りられます。よく投稿でも出てくる和室の会議室でまったりやってます」と平野さんは語る。

大分ホルトホールでの勉強会の模様。和室でまったり勉強したあとは、もちろん大分の関サバを堪能!

 平野さんたちの勉強会は「FUNIT」という団体を主体に、WordBenchやデザイナー向きなどさまざまな勉強会を相乗りする形で開催されている。人口の少ない大分ではとにかく間口を広くとり、多くの人が興味を持って参加できるようにするのが大事だからだ。

 年に1度開催している「ハンズオン祭り」では、非エンジニアを含む幅広い層に向けたプログラムを試しているという。「プログラム一般だけでなく、子供向けのプログラムや3Dプリンターでなにか作ってみようというのもある。幅広くやっているので、家族で来てくださいという感じです」(平野さん)。

 また、他の勉強会のやり方を学ぶのも1つの方法。「僕が好きなので、九州の勉強会にはよく参加しますね。東京は集客には困らないくらいエンジニアがいるので、あまり参考になりません。だったら、同じ地方の勉強会でやり方を学んだ方がためになります」と平野さんは語る。

 勉強会を続けていると、意外な会社が訪れることがあるという。「大分には新日鉄があるので、原料を運ぶ船が来ます。その船が港にアプローチする際に、それをコントロールする会社があるんです。そんな会社が南海トラフの影響を考え、自社内でやっているシステムをAWSに移そうとして、勉強会に足を運んでくれる。そういったニーズは掘り起こせばまだまだあるんです」と平野さんは語る。

受賞の理由はAWSの人といっぱい呑んだから?

 今回のAWS Samurai 2015の受賞について平野さんは「とりあえずAWSの高岡さんと一番呑んだ回数が多かったからじゃないですか(笑)。過去の受賞者がすごすぎたので、本当に自分でいいのかなと思った」と謙遜するが、地方コミュニティ盛り上げのための、地道な努力と継続が評価されたのは間違いない。昨年のJAWS DAYSでもJAWS-UG大分の名刺をいち早く披露してくれたが、こうした地道な取り組みが実を結んでいるのかもしれない。

公開インタビューはJAWS DAYS 2016の会場で公開

 別府や湯布院などをひかえ、「おんせん県」として知られる大分だが、ITの会社は多いわけではない。メーカー系のほか、地場のソフトウェア会社やITスタートアップが数社というイメージで、ほとんどは大分市と別府市に集中しているという。「基本的には受託開発系が多く、プロダクトを作る会社はあまりない。勉強会やっていて悩むのは、受託開発者や経営者、情シスなどがまだまだ引っ張り出せてないこと」と平野さんは吐露する。

 こうした逆風がありつつ続けてきた勉強会のコツについて聞くと平野さんは、「とりあえず楽しくやること。今日(JAWS DAYS 2016)も楽しいですけど、勉強会って楽しいし、ハッピーになるし、いいことありそうじゃないですか。堅苦しい勉強会のイメージを打破したい」という答えが返ってきた。続けるセオリーもオーソドックス。「みんなでやろうとするとなかなか決まらないので、相談した結果、僕は勝手に決めてしまいます。そして人が来ないことを恐れず、とにかくやる。そしてブログに書く」とのことで、特段変わったことはやってないという。

 4月2日(土)には初心者向けの勉強会を開催する予定。「大分は運営者は熱いんです。今回リクエストが来たのでやるのですが、こういうのが来るとうれしいですね。なるべく易しいものをやろうと今、頭を悩ませています」とのことで、近くの人はぜひ足を運んで欲しい。

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