初音ミクにまつわる2曲を試したい
このイヤフォンの魅力は、なんと言っても開放型特有の音抜けの良さと、今までの開放型では得がたい緻密な音色だろう。であるとするならば、音色や音響空間を楽しめた上で、微細な表現も見せてくれる音源を楽しんでみたい。
そこで選んだ楽曲が、「和楽花道中 杵家七三社中 傑作撰 〜ボカロ曲を演奏していただいた〜」 から「和楽・千本櫻」、そしてLoitumaの「Things of Beauty」から「Ievan Polkka」である。
千本櫻は黒うさPのボカロ曲「千本桜」を、三味線演奏家である杵家七三(きねいえなみ)率いる邦楽演奏集団「杵家七三社中(きねいえなみしゃちゅう)」が演奏し、フリー歌手である佳館杏ノ助(よしたてきょうのすけ)が古語を用いて歌い上げるという楽曲だ。筝や三味線など、撥弦楽器の多い和楽特有の空気の震えが聴き所になるだろう。
Ievan PolkkaはフィンランドのボーカルグループであるLoitumaの四重唱曲だ。歌唱はフィンランドの民族音楽であるカレワラをベースにしたもので、Loitumaの多くの楽曲では撥弦楽器であるカンテレの伴奏が付いているのだが、Ievan Polkkaは伴奏無しのアカペラである。日本ではニコニコ動画で初音ミクにネギを振らせる動画のBGMとして用いられ、爆発的に認知度が上がった。
音楽のある空気に酔いしれる
それでは音楽を聴いてみよう。自由曲1曲目の千本櫻は、聴き所に挙げた撥弦楽器の鋭さが心地よく響いた。鼓や箏の音色が和楽の音楽空間を雅やかに彩るが、原曲の千本桜は西洋音楽の理論で作られた曲なので、通常の和楽と比較するとメロディアスになっており、音楽としての色彩が豊かである。
竜笛や尺八といった笛の響きは、時にまろやかで時に鋭い。音楽の雰囲気を作るべき時は柔らかくなり、また主旋律に出て来る時には力強くなり、音の芯がしっかりと通っている。旋律と伴奏の描き分けがとても上手く表現できていて、時に大胆に、時に繊細にといったように、音楽にメリハリがついていた。ボーカルは骨太で、どっしりとした安定感のある歌声を聴かせてくれた。
自由曲2曲目のIevan Polkkaは、ボーカルの立ち位置が非常に自然だ。生々しい立体感というのではなく、あるべき方向からあるべき音が自然に聴こえてくるのである。こういった部分から感じる自然な音楽の存在感は、課題曲であるバルカローレで確認したものに通じる。課題曲で感じた利点を、図らずしも自由曲で再確認するかたちとなった。
破裂音にあたる「t」や摩擦音にあたる「s」、またフラッター(巻き舌)の粒立ちが良く、北欧系ゲルマン語の雰囲気がよく出ている。そして「ネギ回し」で有名なスキャットは、優しくおだやかだ。「森と湖の国」の異名を持つフィンランドらしい、自然の中に音楽がある暖かい感覚を存分に味わえた。
開放型の高級機として唯一無二の存在
ALPHA 1は、直径16mmという通常より大きなダイナミック型ドライバーのサイズ故に、装着を安定させるのに一苦労する。カナル型に慣れた筆者の耳には、低音が軽く聴こえてしまう面がある。
それでも開放型特有の音抜けの良さと広がりは、カナル型ではなかなか味わえない爽快感がある。こういう音が好きな人にとって、今までの開放型になかった質の高い高音域を持つ本機はかなり魅力的だ。
開放型の高級機といえば、数年前まではゼンハイザーが「MX980」というモデルを出していたのだが、残念ながら現在ではゼンハイザージャパンがMXシリーズの取り扱いを行っていない。近いジャンルではBOSEのインイヤーモデルが思い当たるが、かなり特徴的な音作りをしているので、比較対象に挙げるにはいささか不適当だ。
このような事情もあり、ALPHA 1はこのジャンルにおいて孤高の存在である。開放型イヤフォンが好きな人や、音楽の空気感を楽しみたい人は、ぜひALPHA 1を試聴してほしい。
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著者紹介――天野 透(あまの とおる)
1987年生まれ、神戸出身のライター。某家電量販店で販売員を経験した後に、一念発起して都内の大学へ進学。文学を学び「高度な社会に物語は不可欠である」という信念を確立した。何事も徹底的に楽しみ尽くしたい、凝り性な人間。