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歴史を変えたこの1台 第5回

ML、ネットワークプロセッサ、価格、ISDN!国産ルータかく戦えり!

楽器メーカーが作った傑作VPNルータ「RTX1000」

2009年05月08日 06時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

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時代が求めた高スループットルータへの脱却

 RTX1000登場の背景には、既存のRT100i系のルータのブロードバンド化という課題があった。2000年以降、安価で高速なADSLは個人だけではなく、企業のアクセス回線としての利用も見込まれたからだ。こうした背景から各社は、ISDNをベースにしたルータから、高いスループットを実現するブロードバンドルータの開発に軸足を移した。しかもスループットは劇的に向上させる必要があった。加入者獲得競争が激化していたADSLサービスはどんどん高速化されたため、従来型ルータの処理能力ではすぐに追いつかなくなるからだ。

写真2 ヤマハ株式会社 サウンドネットワーク事業部 商品開発部 技師補 瀬尾達也氏(右)、商品開発部 技師 山田裕一氏(中央)、営業部 営業企画グループ課長代理 平野尚志氏(右)

 長年、ヤマハルータのハードウェアを担当してきた山田裕一氏は「先にASICベースのNetScreenという競合がいたこともあり、社内でもスループットの大合唱。高速化は必須という条件でした。しかも、競合ベンダーが開発を進める中、スピーディに市場に投入しなければなりませんし、かつコスト的にも見合う必要があります。けっこう頭を抱えました」と語る。

 既存のラインナップとは段違いのスループットを実現するのは至難の業だ。ヤマハを始め、多くのルータは汎用CPU 上でソフトウェアを動かすため、高速化に限界がある。もちろん、高速なCPUを搭載するという選択肢もあるが、消費電力や筐体サイズ、なによりコストの問題から、SOHO市場を得意とするヤマハのルータでは採りにくい策であった。新ルータの開発は、こうした切羽詰まった背景が存在したのだ。

 こうして山田氏が行き詰まっていたところ、海外のベンチャーから当時開発されたばかりのネットワークプロセッサの売り込みがあった。ネットワークプロセッサとは、パケットのルーティングや暗号化などの定型的な処理を行なう専用チップを指す。これを用いることで、従来ソフトウェアで行なっていた処理の多くをハードウェアで実現できる。さっそく藁にもすがる気持ちで、ネットワークプロセッサを試した。

 山田氏は「ベンチャーの製品でしたが、試してみると、とにかく高いスループットが出ました。ですが、とにかく圧倒的なスループットが実現できないと勝てないので、このプロセッサの能力をフルに活かすようプロセッサのエンジニアを交えてソフトウェアをチューニングしました」と語る。この結果、スループットはワイヤスピードの100Mbpsを実現。さらに、チップの仕様上20MbpsだったVPNスループットも、NetScreenを超える23Mbpsにまで引き上げることに成功した。

写真3 高いスループットとISDNバックアップで日本の企業に受け入れられたRTX1000

写真3 高いスループットとISDNバックアップで日本の企業に受け入れられたRTX1000

切れるADSLに対応
ISDNによるバックアップを実装

 RTX1000が市場に受け入れられたのは、高いスループットだけが理由ではない。ISDNによる回線バックアップ機能を搭載したのも大きな要因だ。

 アナログ回線を利用するがゆえ、ADSLはスループットが安定せず、リンクが切れやすいという弱点を抱えていた。そのため、個人はともかく、企業がWANやインターネット接続に利用するには、回線の不安定さをカバーする障害対策を検討しなければならなかったのだ。そこで検討されたのが、ISDNバックアップである。

 ルータ強化のポイントがとにかくスループット中心だった当時、ほとんどのベンダーは既存のISDNを切り捨てた。しかし、平野氏は「競合ベンダーもそうですが、実はヤマハも2001 年に登場したRT105eというブロードバンド対応モデルでは、ISDNを搭載しなかったのです。ですが、ISDN LSIからスタートしたヤマハのルータが簡単にISDNを捨て去っていいのかという疑問はありました」と考えていたという。

 こうした疑問を持っていた平野氏は、ある通信事業者のセミナーで1998年に発売されたRT140eというルータを利用している企業の事例を見かけたという。平野氏は「RT140eはCATVインターネットやADSLをISDNでバックアップする機能を持ったルータです。価格も高いし、今となっては低速なのですが、その会社さんは信頼性を重視して、いまだにきちんと使ってくれていたんです。すごく印象に残りました。ですから、スループットが高くて、安価なRT140eをラインナップに追加すべきだと思ったのです」と語っている。ここから平野氏は、レガシーと考えられたISDNインターフェイスを新開発のルータに搭載するよう、社内の各所に働きかけたという。

写真4 RT57iとRTX1000。ヤマハルータの筐体は製品ごとにあまり大きく変わらない

写真4 RT57iとRTX1000。ヤマハルータの筐体は製品ごとにあまり大きく変わらない

 この結果、高速なスループットでありながら、ISDNバックアップでADSLの弱点を補強するという新ルータのコンセプトが決まった。名称も既存の3桁の型番を4桁に増やし、さらにブロードバンドを表す「X」を追加。一方で、筐体はRT105iを踏襲し、市場への投入スピードを優先させた。

 こうして、約半年という開発期間を経て、2002年10月にいよいよRTX1000が市場に投入された。


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