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アスキー・ジャンク部リターンズ 第238回

チキンとトマトの爽快な野性味:

【全国発売】松屋「ごろごろチキンのトマトカレー」は太陽の味がする

2018年08月07日 17時00分更新

文● モーダル小嶋/ASCII

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「ごろごろチキンのトマトカレー」
松屋
8月7日全国発売
590円(並)、690円(大盛)
https://www.matsuyafoods.co.jp/2018/08/01/4454/

ごろごろ煮込みチキンカレーが
トマトカレーと合体して帰ってきた

 冗談みたいに気温が高い平成最後の夏に、松屋が太陽のように真っ赤なカレーを出してきた。自分にもうひとつ羞恥心が欠けていたら、これこそまさにフェラーリの真紅のボディを思わせる情熱的な赤、とでも書いたかもしれない。

 松屋フーズは「ごろごろチキンのトマトカレー」を8月7日10時から全国の「松屋」店舗で発売した(一部店舗を除く)。価格は並盛590円(ライス・みそ汁付き)。

 純粋な意味で初登場というわけではなく、もともとは全国68店舗だけで限定発売していたメニュー。好評を受けて全国発売が決定したという。松屋は「ごろごろ煮込みチキンカレー」を2018年4月3日から提供していたが、1ヵ月ほどで終了。復活を待ち望む声も多かったが、これまた期間限定メニューである「トマトカレー」とまさかの合体を経て登場となった。

これより三役

 実のところ自分は「松屋『ごろごろ煮込みチキンカレー』との長いお別れ」と題した記事を執筆するぐらいには愛好しており、週に4回ほどは松屋に行って注文していた。「ほんとうに好きなら週7で通え」と言われそうだが、ほかに予定がなくてネタ作りに通う週7回と、都内で仕事しながら無数の選択肢の中からそれでも行ってしまう週4回ではわけが違う。

 松屋が6月に「復刻メニュー総選挙」を開催したとき、ごろごろ煮込みチキンカレーがないことに絶句し、ノミネート漏れをしたのは何らかの圧力があったのではないかといぶかしみ、涙を飲んで「チキンと茄子のグリーンカレー」に投票したことを昨日のように思い出す。ちなみにグリーンカレーは優勝どころかベスト3にも入らなかった。自分が記事で褒めるメニューはわりとすぐに市場から姿を消すジンクスがあり、どうもマイノリティー側を選んでしまう気質があるのかもしれない。

かたくなに自分の持ち場所を離れようとしないみそ汁。無数の矢を受けても倒れなかった武蔵坊弁慶のごとき佇まい

 それではなぜ、そこまで愛好していたごろごろ煮込みチキンカレーの再来というべきメニューがすでに出ていたのに、これまで記事を書いてこなかったのか。ひとえに、全国で発売していなかったからだ。ごろごろ煮込みチキンカレーのときでもそうだったが、松屋という、全国に多くの店舗を持つチェーンにおいて、590円を支払うことであのカレーが手に入る、日常の中にある非日常がとても大事なのである。

 というわけで、限定メニューとなるといまいち松屋で出てくることのありがたみが薄れてしまうので、紹介をためらっていた。しかし全国発売となれば話は別だ。

味が濃くスパイシーなカレーと
チキンの味わいがすばらしい

チキンの“ごろごろ”ぶりは健在。こうでなくてはいけない

 実食しての感想だけれど、「優勝」でおしまいにしてもよい気がする。とはいえ、「おいしい」「うまい」だけで片付けてはいられないほどの魅力があるのも、また確かだろう。

 IT系ニュースサイトで食レポの記事などを書いていると、詳細な味の感想など飲食系の媒体に任せたほうがよいのではないか、YouTuberの動画によるリアクション芸に勝てないのではないか、と弱気になることがある。しかしながらこういうメニューを食べてしまうと、言葉を尽くすとはこういうときのためにある、そんな気がしてくる。

 相変わらずの“ごろごろ”という形容がふさわしいチキンと、トマトの相性が悪かろうはずはない。チキンとトマトの組み合わせはそれこそ無数にある。ただ、松屋のトマトカレーは、一筋縄ではいかない。トマトの味わいを残しながら、相当にスパイシーなのである。

 ニンニクと思しき香りも強く、松屋の期間限定メニューに使われているソースのフレーバーを思い出す人もいるだろう(最近のメニューでいえば「ケイジャンチキン定食」「厚切りポークソテー定食」の香りに、雰囲気が近い)。全体が調和しているというよりは、一つ一つの刺激が単体でガツガツ来る感じだ。

 率直に言ってしまえば、味が濃い。ご飯だけではいささか単調になるかもしれない。しかし、そこに淡白な味わいの鶏肉と、シャキッとした食感の玉ねぎが加わることで、強いトマトの酸味と、あくまで一体化しないスパイスの刺激を受け止め、爽快かつワイルドな味わいに化ける。

スパイスの刺激とトマトの酸味が強いカレーを、チキンの食感が受け止める

 けっしてマイルドな仕上がりではない。ごろごろ煮込みチキンカレーと比べると、トマトカレーの酸味とスパイシーさの調和しきれていない感じは、むしろ不完全とさえ思える。もう少しコクがあれば、まろやかさがあればと感じる反面、キレのある刺激、一体化していないからこそのパワフルな味わいは捨てがたい。「粗にして野だが、卑ではない」という言葉を思い出す。

 チキンとトマトの野性味が、チェーン店という現代社会の象徴の中に渾然と立ち昇ってくるさまは、ミステリアスと形容しても、大きく外れてはいないだろう。古い時代と現在の空気がそのままむき出しに並ぶ、独特の風情。ヴァルター・ベンヤミンならパリの町並みやアンティークの人形などと並べて、数行に渡る記述を草稿の中にしのばせたかもしれない(テオドール・アドルノはそんな彼の姿勢に弁証法の不徹底を見たわけだけれど)。

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 ここまで書いておいてなんなのだが、もし、これよりおいしいカレーを知っているかといわれれば、別に挙げられないわけではない。カレー好きが多いことで知られるアスキー編集部に籍をおき、日本有数のカレー激戦区・神田神保町にほど近い職場にいる以上、多少はカレーに対する心得もあるつもりだ。

 ただ、繰り返しになってしまうが、これが松屋にあることが重要。食べたいときに店舗に駆け込んで2分もすれば出てくるということが肝心なのである。そういった意味で、このカレーの存在は他に類がない。

 ごろごろチキンのトマトカレーの味はまぶしい。“まぶしい”という形容は何やら奇妙かもしれないが、一口、二口と食べると、想像以上にスパイシーでパンチのある香りと味におどろくはずだ。熱く、明るく、食べる者をエネルギッシュにさせる。サマータイムを導入するよりも、ごろごろチキンのトマトカレーの定期的な摂取をうながすほうが、東京の夏を過ごすエネルギーが効率的に湧いてくるのではないかとすら思う。気温の高い夏にふさわしい、太陽のようなカレーだ。

トマトはアンデス原産。16世紀以前に、メキシコのアステカ族がアンデス山脈からもたらされた種からトマトを栽培し始めたという。この時代、南北アメリカ大陸でもトマトを栽培植物として育てていたのはこの地域に限られるそうだ。アステカの部族神として、もっとも篤く信仰された「ウィツィロポチトリ」は太陽神だった

 プラトンの「国家」では、有名な「洞窟の比喩」が説かれている。洞窟の奥深くに捕らえられ、生まれたときから手足を縛られ振り返ることもできない囚人がいる。洞窟の入り口の上方には火が燃えていて、その火と囚人のあいだをいろいろな道具や人形が通り過ぎる。洞窟に住む囚人が見ているのは実体の影だけだが、それを真実だと思い込んでいる。これと同じことで、われわれが現実に見ているものは、イデア(ものごとの真の姿、ものごとの原型)の「影」に過ぎないという。

 もし、囚人が束縛を解いて後ろを振り返れば、実態だと思いこんでいたものが影であることに気づくだろう。そして入口の方を見たとするならば、はじめは目がくらんでなにも見えないが、少しつづ目が慣れていけば、影ではないもの、上方の世界の事物、そして太陽(すべてのイデアの根拠である「善のイデア」を象徴する比喩でもある)を知ることができる。現実は暗い洞窟で、イデアの世界は太陽の光が照らす外界である、というわけだ。非常にざっくりした解説で恐縮だけれど。

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 「ごろごろチキンのトマトカレーは、まさしく善のイデアのようなものである」というのは大げさ過ぎるとしても、「もっとおいしいカレーはある」「あんなもので満足しているのか」と冷笑を浮かべる人は、カレー専門店と比べてどうとか、価格や量がどうとか、そのような影にとらわれている。実体はそこにはない。くどいようだけれど、松屋が営業している限り、どんな時間帯でもあのチキンの量とトマトの香りを白米とともに口に運べることが、圧倒的に真実。まさしく太陽のごときカレー。

 もっとも洞窟の比喩の中では、真実を知った者が、囚人を開放しようと洞窟の底へ戻ったとしても、洞窟の中にいる人間は、彼の話を信じず、逆に捕らえて殺してしまいかねないとされている(この部分にソクラテスの最期を重ねる人は多い)。ごろごろチキンのトマトカレーの善を語ってきた自分も、やはり笑いものになってしまうだろうか。

 しかし「国家」には、「公私いずれにおいても思慮ある行ないをしようとする者は、この<善>の実相(イデア)をこそ見なければならぬ」とも書かれている。このカレーはそういう価値のものである。プラトンは「太陽の比喩」で、太陽の光が地上を照らしてさまざまな事物を目に見えるものにするように、「善のイデア」は理性に光を与えてイデアを把握させる、と説明した。ごろごろチキンのトマトカレーも、その光で我々の目を開かせてくれるはずだ。

ぜひ味わってほしい


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