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デジタルノートを超えたその先にあるもの

清水CEO自らが語る、enchantMOONとは何だったのか?

2014年08月30日 12時00分更新

文● ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長 清水亮

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8月22日にTwitterを賑やかせたユビキタスエンターテインメント代表取締役社長 清水亮氏のつぶやき。このつぶやきを元に、編集部はenchantMOONについての清水氏の現在の考えを掲載したいと依頼した

 先日の私のenchantMOONに関してのツイートがTogetterにまとめられ、批判を含め多くの反響をいただきました。Togetter「enchantMOONとはなんだったのか。」

 一連のツイートのなかで、私は「enchantMOONはデジタルノート端末ではなくてプログラミング端末だった」と書いたのですが、きっといろいろな人が、この意味を誤解したのではないかと思います。私がここで言いたかったことの本意は実は「(全ての)手書きノートとはプログラミング端末である」ということです。これはこれで説明が必要ですが、少なくともデジタルノートとしてのenchantMOONを否定しているわけではありません。enchantMOONはプログラミング専用の端末だったなどと言っているわけでもないのです。

 ASCII.jp編集部から要請を受け、発売から一年が経過して今、私がenchantMOONについて考えていることを改めてまとめてみたいと思います。

手書きとはそもそもなんだったのか?

 そもそもなぜ私達は手書きを必要とするのでしょうか? 最先端の道具に恵まれたはずのプログラマーであっても、否、プログラマーほど紙のノートを愛用している傾向があると思います。それはなぜでしょう?

enchantMOONは、2013年4月23日から予約受付をスタート。初回生産分はあっという間に予約台数に達した

 まず同じ手書きでも、原稿用紙とノートではその性質が全く異なります。前者はいわばドキュメントです。きちんとした構造や論理的な展開を持っていて、ひとつの文書として完結しています。そのために文字数を数え易く設計されています。対して、ノートでは、板書やアイデアスケッチなど、情報を整理してドキュメントをつくる前段階であり、それは試行錯誤のためのスペースといえます。自分の頭のなかにある、曖昧なイメージやアイデアを、紙に書きつけることで輪郭を捉えて、自分の頭のなかを可視化したり整理したりするためのものです。この二つを比べてみると、手書きの魅力とは後者の方にあるように思われます。前者、つまり原稿用紙の役割はワードプロセッサに取って代わられました。

2013年04月24日、enchantMOONの記者向けの内覧会時の様子。「プログラマーも手書きで筆算する」という事例に同社のプログラマーの実際のノートが披露された

 しかし、見たり聞いたり想像したりして、頭のなかにあるもやっとしたものを一旦は外に出して、そこから作りたいものを固めていくためのメモの段階については、手書きというアナログ入力を使って、あれやこれやと消したり書いたりした方がスムーズです。もちろんテキストエディタなどを駆使してこの作業をデジタルで完結することもできないこともないですが、どうしてもデジタルでは代替できない余白が残ります。いきなりデジタルな入力で頭のなかのものを表現しようとすると、どこか不自由さを感じるのです。特に図での整理が必須となるような数学的問題や、数式はデジタルで整理するのはとても難しくなりますし、漠然としたものごとの関係性などを書き下すにはデジタルデバイスでは限界があります。

 何故、手書きというアナログ入力は、キーボードのようなデジタル入力を使うより、スムーズに頭のなかにあるものを形にしていけるのでしょうか。手書きと人間の思考について考えるとき、アナログとデジタルという問題が深く関わっています。


(次ページ、「宇宙は全てデジタルなのかもしれない」に続く)

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