デジタルデータを保存したメディアは、一体いつまで保つのか? 昨今、このような疑問を、よく耳にするようになった。例えば身近なところで言えば、LDやDAT、MD、D-VHSなど一世風靡したデジタルメディアは、プレーヤーの販売が終了した現在では誰もが簡単には取り扱えない。また、メディアの読み取り面にカビが生えたり、傷がついたり、テープメディアならば切れてしまうという物理的な障害もデジタルデータの保存期間に影響する。
9月24日、日立製作所から京都大学との共同研究の成果として発表された内容は、非常に長期に渡ってデジタルデータを保存し、遠い将来でも容易に再生技術を再構築できるという内容のものであった。メディアには石英ガラス、記録には高出力のレーザー、再生には、低倍率の光学顕微鏡で撮影した画像を使うというこの技術、一体どのようなものなのだろうか。今回はこの話を聞いてみたい。
パルス幅が10兆分の1というフェムト秒レーザーで記録
――まず今回発表された技術について教えていただけませんでしょうか。
塩澤:現在、データの保存には、光ディスクやハードディスクが広く使われていますが非常に長期に渡ってデジタルデータを保存できる手段は存在しません。今回発表した技術は、文化遺産とか公文書といった非常に重要で後世に残すべきデータの恒久的な保存をターゲットとしたものです。こちらの表は各ストレージ技術の寿命を比較したものです。
――……メディアとして粘土板を出しますか(笑)。
塩澤:古代の粘土版とか和紙に記録された文字情報の寿命は、5000年とか1000年などと非常に長いものです。ただ、記録密度は、現在のデジタル媒体と比べると非常に低い。一方で、現在の光ディスク、ハードディスク、半導体メモリといったものの寿命はせいぜい10年から100年程度と言われています。
――光ディスクは100年も寿命があるんですか。一時期秋葉原では寿命3ヵ月のディスクとかがあって、ある意味機密保持性が高いと言われてましたが(笑)。
塩澤:きちんと記録されていて、それなりの環境に保存されていれば100年ほどの寿命が期待できるといわれています。
――なるほど。でも、100年なんですね。
塩澤:そうです。デジタルデータを半永久的に保存する技術はまだ確立されていません。恒久的な保存のための要件は3つあると考えています。記録した媒体・記録データが恒久的な寿命を有すること、次に管理が容易であるというものです。保存したときに、例えば室温や湿度などをコントロールしなければいけないということがありますとコストがかかりますし、1000年以上保存しようとした場合には現実的ではない。特別な空調設備のない室内に保管しておけば大丈夫というのが重要です。もう1つ重要なのは、特定のドライブに依存しない再生です。これは例えば100年保存した後、再生する装置がない、あるいは再現できないためにデータが読みだせないといった問題が起きる可能性があるためです。
――まあ、LDやVHDって、現在では再生する手段がないですからね。
塩澤:そうです。そこで、特定のドライブに依存しないという再生方式が重要になります。記録はその時にきちんと記録できてればいいのですが、再生は機器に依存しないことが大切です。
記録媒体としては石英ガラスを使っております。石英ガラスは、化学的にも、熱に対しても安定で放射線にも強いので、長期に保存する記録媒体としては非常に有望であると言えます。こういった特徴に着目して2009年には、石英ガラスの内部にフェムト秒レーザーという超短パルス・高出力レーザーで多層に記録されたテストパターンを再生する原理実験を行いました。しかし記録密度が低く、再生も断層撮影の原理を応用したもので、演算処理が複雑であるという課題がありました。
塩澤:今回の発表のポイントはCD並の記録密度と、低倍率の顕微鏡を使った簡便な再生方式。この2つになります。
――なるほど。
塩澤:ここからは具体的な記録再生技術のご説明になります。まずは記録技術からになります。こちらは記録用の実験装置の模式図を示したものです。
――これはまた複雑ですねぇ(笑)。
塩澤:京都大学と共同研究しておりまして、こちらの装置で記録実験をしております。ポイントは2つありまして、1つは「フェムト秒チタンサファイアレーザー」という特殊なレーザーを使っているという点、もう1つは「空間位相変調器」を使用しているのが特徴です。「フェムト秒チタンサファイアレーザー」ですが、こちらのグラフがレーザーの発光波形を示したもので、横軸に時間、縦軸にパワーを示しています。ずっと一定で光っているわけではなく、パルス状に発光するというのが特徴です。ただそのパルスの幅が、120fs(フェムトセカンド、10-15秒)、10兆分の1秒という非常に短いものです。短い時間にエネルギーが集中するため、パルスのピークパワーは数GW(ギガワット、109W)と非常に高い値となります。
――数GW! そんなに高出力なんですか!
塩澤:そうですね。普通のBlu-rayで使われているレーザーですと、数百mW(ミリワット)のオーダーですね。
――へぇ……。これは唖然としちゃいますね。
塩澤:ということで、特殊な非常に高いパワーを出せるレーザーを使って記録しているわけです。もう1つの「空間位相変調器」ですが、フェムト秒レーザーから出てくる光はこのような単一ビームなんですが、これを「空間位相変調器」を通すことにより、このようなマルチスポットを作ることができます。1つのビームから多数の点を作ることができるので、一括でデータを記録します。具体的には100ドットくらいを一括で記録しています。
――いきなりポーンと100個も記録できてしまうんですか?
塩澤:そうです。こちらが実際に記録した結果の顕微鏡写真です。1つのサンプルの中に4層、積層しています。各層で記録密度が10MB/inch2で、4層合わせて40MBになります。ちなみにCDが35MB/inch2でして、それ以上の面密度記録を達成しています。黒く見えている点がレーザーが集光した場所で、ドットが形成されています。この画像を見ていただければわかる通り、記録パターンが正しく形成されているのがわかります。