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iPhoneで考えた「カジュアルゲームって何だろう?」

2010年04月01日 11時00分更新

文● 倉西誠一

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 今回のiPhone連載は取材ものです。1月22日、AppBankの中の人/appbankさんと、京都のPONOSさんにお邪魔してきました。「どこか日本のいいデベロッパーはないだろうか?」という僕の質問に、彼らが「PONOSさんっしょ!」と即答(笑)。ほぼその場で京都行きが決定しまして、いろいろとお話をお聞きしてきたのですが、かなりおもしろく、とても誌面では書き切れません。

 といっても、前号のような文字ばっかりの記事にはしたくありませんし……と悩んだ結果、今回はウェブとの二重構成でお送りいたします。この誌面ではPONOSさんにおじゃまして僕が思ったこと、考えたことをまとめさせていただき、後日、ウェブの方でインタビュー形式の記事を公開させていただきます。

 何という逃げだ! という気がしないでもないですが、僕が関わる企画は柔軟性と自由度の高さが売りのわがまま放題なので、どうぞ、御容赦ください。

京都までPONOSさんに会ってきました!

この文章は電撃ゲームス 2月19日発売号に掲載されたものです。


カジュアルゲームは必要悪なのか?

 PONOSさんといえば、代表作は何といっても「パズルプリズム」でしょう。立体のブロックを上から落として進めていく3Dパズルゲームなのですが、僕が興味を持ったのはどちらかというとアクションよりの「Mr.AahH!!」と「Mr.SPACE!!」という2本でした。

タイトルのクリックでApp Storeが開きます。

パズルプリズム パズルプリズム。価格は350円ですが、4月末までセールで115円
Mr.AahH!! Mr.AahH!!。価格は115円
Mr.SPACE!! Mr.SPACE!!。価格は115円

 どちらもゲーム性は極めて単純です。一目画面を見ただけで、誰もがなにをするゲームなのか理解できるでしょう。その分かりやすさもあって、海外でも高い評価を得ています(棒人間という「ジャンル」も人気ですしね、海外では)。御他聞に漏れず、僕もすっかりハマってしまったのですが、これはなんだ? と。思わず考え込んでしまったことがありました。

 それが「カジュアルゲームって何だろう?」ということです。

 コンシューマゲームの世界では一時期、カジュアルゲームは必要悪のように語られてきました。こんな単純で薄っぺらいゲームばかりが売れるようになると、日本のゲームは発展しなくなってしまうというような論調です。

 確かに、いわゆるカジュアルゲームの記事を大特集してもゲーム雑誌も売れません。もっと重厚長大なストーリーのあるものの記事を作った方が、読者さんのウケもいい。断定はできないかもしれませんが、僕ら、既存のゲームメディアもその論調に載っていたことは確かです。

 それでも、です。堂々たるカジュアルゲームである「Mr.AahH!!」「Mr.SPACE!!」が、面白くて仕方ないわけです(お値段もカジュアルです)。この時期は各種の大作ソフトが発売された年末だったにも関わらず、かなりの時間を、僕はこの2タイトルに割きました。そして、改めてiPhoneというプラットフォームの可能性にも気づかされました。

 カジュアルゲームを必要悪だとした論調は、コンシューマゲームという、ゲームの世界では中心にありながら古い体質の世界でのみ、通用する議論なのではないか? 広くゲーム全体を見て、海外までも視野に入れて考えれば、この新しいカジュアルゲームの波が、もしかすると日本のゲームクリエイターを救うきっかけの1つになるのかもしれない。

 大げさすぎるかもしれませんが、そんなこともぼんやりと考えながら、僕は京都に向かいました。


始めやすくて、終われないゲーム

 そんな個人的な考えを自分の中で咀嚼しながら、PONOSさんのお話をお聞きしました。京都に行ってよかった(笑)。2時間に及ぶインタビューの中で、何度かくり返された、非常に印象に残ったお言葉が3つありました。


PONOS:この操作は気持ちいいんじゃないかなということを念頭においてゲーム性を考えていきます。操作感が気持ちのいいアプリと言っていただけると最高ですね。

PONOS:プレイしてくださるみなさんが、思わず「あっ!」と声が出してしまうようなゲームが作りたいんですよ。「Mr.AahH!!」なんて、そのまんまなタイトルですけどね。

PONOS:動詞ひとつでも、ゲームはできます。走るゲーム、跳ぶゲーム……ですが、コンシューマゲームの世界では、ここまでやらなければというハードルが高いですよね。ケータイやiPhoneの場合は、それがありません。しっかりとしたストーリーやキャラクターがなくても、ゲーム性にさえ自信があれば遠慮なくリリースできます。


 いずれもPONOSさんのアプリに色濃く反映されている特徴を示すものですが、こういうお言葉を、過去、何度かコンシューマゲームのインタビューでもお聞きした記憶があります。ただ、それは残念ながらアクションゲームのインタビューの席上で、なおかつPlayStation初期までのインタビューに限られます。あくまでも個人的な、限定された記憶の中で、ですが。

 安直な言い方ですが、もしも純粋にゲーム性を追求していきたいというクリエイターさんがいらっしゃったら、思い切ってiPhoneの世界に飛び込んでみられたらよいのではないかと思います。ここでは全世界規模で、何千、何万というクリエイターたちと、かなりなレベルまで自由にアイディアを競い合うことができます。

 その状況に素直に向かいあっているからこそ、PONOSさんは京都というクリエイターにとってはある意味、理想的な都市で、まるで15年ほど前の、日本のゲームの黄金時代を生きているかのようなことを考え、そして実践できているのではないでしょうか。

 (誰にでも)始めやすくて、終われないゲーム。

 必要悪とされたコンシューマベースの発想ではなく、新たな視点でカジュアルゲームを定義していく。この論考(なぁんて大げさなものではありませんが)は、今回限りで終わるものではありません。(誰にでも)始めやすくて、終われないゲーム。これは、現時点の僕の新しいカジュアルゲームの定義です。

 「誰にでも」に括弧が付いているのは、そのタイトルが発見されなければプレイもされないという程度の意味です。ただ、カジュアルゲームにとっては、このポイントも小さなことではないと思います。「何言ってんの?」と思われる方はぜひ、PONOSさんのアプリを遊んでみてください。きっとすぐできて、いつまでも遊んでますから。

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