今の著作権法は「パッチワークのよう」
── まだ十分に対応ができているわけではないですよね。
角川 そうそう。学者からも指摘が出ているように、パッチワークのような法律になってしまっていて、普通の人には分かりにくい。
例えば、著作権法には、「私的使用のための複製」を定めた30条がある。個人的に使うぶんについては著作者の了解がなくても認めると、個人の利用が(旧著作権法から)拡大されたわけだよね。もともと著作者を守るための法律において、風穴を開けるところが30条だったんだ。でもその風穴がネット時代によってぶわっと広がっちゃったわけだよね。
実は僕が働きかけたんだけど、「映画の盗撮の防止に関する法律」は、この30条の例外のようなかたちで制定されてしまった。
以前、上映中の映画が盗撮されるのが問題になった時期があったんだ。映写している技術者が上から客席を見ると、チカチカ赤いランプが光っていて、盗撮しているのが分かる。で、その場所に行って注意しようとすると、3、4人が並んでいて「兄さん、何言ってるの。これは私的使用なんだよ、それを止められるの?」とスゴまれるわけだ。そうすると怖くて何も言えなくなってしまう。
警察には、盗撮されたものが海外で複製されて売られているというルートが見えてるわけだよ。でも、複雑なシンジケートを流れていくから、最初の部分をおさえましょうと。私的利用か海賊版をつくるのか判断できないけど、映画館の中で撮影するのはやめてくださいってなるわけだよね。
だから「映画の盗撮の防止に関する法律」は30条に制限を与えてしまった。原則でイエスと言っていたものを、私的複製でノーと否定して、さらに「映画の盗撮の防止に関する法律」でイエスを作ってしまった。やっぱりこれは分かりにくい。
僕は「これを制限しよう」と言い出したから理解できますよ。でも、これを本条にして、著作権法の中に「映画館で撮ることを許さない」とはっきり書いておけばね、30条は30条で生きるわけです。できれば本条を変えて欲しかった。現状、そういう法律がいっぱいできているわけです。
── まさにパッチワークですよね。それがゆえに、フェアユース的なものも……。
角川 必要になってくる。「素人さんは分からなくていいですよ、プロがいますから」って人たちが、根本的に反対だという。私たちの仕事を奪っちゃうんじゃないかと。著作権法が国民の理解を妨げていることを利用する人がいっぱい出てくるわけだよね。
著作権法は誰でも分からなきゃいけないんです。なぜなら今や「一億総クリエイター」の時代だから。みんなが著作権を持てるようになったんだから。
著作権者が特権階級だった時代には、(一般の人たちが)著作権法を分からなくてもよかった。それが誰でも発信できるようになって、享受者であると同時に発信者となったなら、誰でも分かるようにしなきゃダメだよねと。それが僕の考えなんだけど、間違ってるかねぇ?
── 「一億総クリエイター」といってもコンテンツには、素人が作ってブログや動画投稿サイトに上げるようなものと、プロが制作とマーケティングにお金をかけて作って、実際にお金を生み出しているようなものがありますよね。
どちらも著作権法上は同じレベルで保護されているというのが現代の著作権が混迷する1つの原因になっていると思うのすが、今後そうしたビジネス分野の著作権と、「一億総クリエイター」の著作権は切り分けるべきとお考えですか? それとも両者を包括するもっと大きな枠組みで処理すべきでしょうか?
角川 僕はね、分けちゃいけないと思ってるの。だって「電車男」や「恋空」という巨大な成功例があるから。そもそも出版社だってデジタル時代になる前から、大衆からコンテンツを集めるという方法論を持ってたわけだからね。
それは何かというと、直木賞や芥川賞がそう。素人から作品を集めているわけだから。これは聞いた話だけど、直木賞は「この人が作家として自立できるだろう」という作家にあげるそうです。だからダン・ブラウンみたいな優れた作家は直木賞の対象になるだろうと。
だけども芥川賞の方は「作品にあげる」という理念。その人が一作で終わっても、その作品が純文学として優れていればそれでいいんだって。僕は芥川賞の方がCGMに近いと思うんだよね。だから、出版社は芥川賞が創設された70年以上も前のアナログ時代からそういう方法論をすでに持っていたわけ。
「ジャンプ」の新人によってマンガを作っていく手法もそうだし、「電撃大賞」だってそのものズバリじゃないですか。編集者がブラッシュアップして世の中に送り出せるように共同作業するのも大事なことだけどね。これは直木賞も芥川賞も、ジャンプも電撃大賞もやっている。このシステムが、すでにCGMだよね。
── アナログ時代でも素人から人材を発掘する仕組みがあったにもかかわらず、ひとたびネットに出てしまうと日本が立ち遅れていたという現状があったわけですね。一方で、日本では「ニコニコ動画」という、CGMで面白い才能がどんどん出てくる希有なプラットフォームがあります。本書の中では言及がなかったんですが、どう評価されていますか?
角川 川上くん(ドワンゴ会長の川上量生氏)はひとつの才能だよ。日本が誇るべき人物だと思ってるんだよね。彼が持っているある種のラジカルさと真っ当さが、僕から見るとかわいいんだけど。ニコニコ動画も日本におけるYouTubeとして認めていこうと思ってる。