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松村太郎の“モバイル・ネイティブ”時代の誕生を見る ― 第1回

“モバイル・ネイティブ”は世代をまたぐ

2010年01月21日 12時00分更新

文● 松村太郎/慶應義塾大学SFC研究所 上席所員

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今週の1枚
【今週の1枚】東京とは違うニューヨークでの1コマ。バスの側面広告までデジタルサイネージ。そして広告の多くはTwitterかFacebookへと誘導してコミュニケーションを図るのが一種のスタンダードになっている

 1月も半ばを過ぎてしまいましたが、新年おめでとうございます。2010年という新しい10年のスタートを機に、「ケータイが語るミクロな魅力」からリニューアルして、「モバイル・ネイティブ」というキーワードを考えていく新連載をスタートしたいと思います。

5年前は日本と海外では
まったく異なるモバイル環境だった

 さて、この原稿を書き始めた時点で、僕はニューヨークにいた。前連載の第1回(関連記事)もニューヨークでのiPhoneがある生活体験から連載がスタートしたが、今回もきっかけはニューヨークになった。

 ストリート、メトロで回りを見渡せばiPhone、BlackBerryが目に入る端末の大半を占めており、さらにPSPとニンテンドーDSとKindleが一定の割合を占めている、そんな感覚である。まだ日本には正式には入ってきていないKindleはともかく、東京の電車内とほぼ共通の端末が使われている状況にインパクトを受ける。

 僕がモバイルやウェブについて記事を書き始めた2005年、世界で最も3Gのインフラが充実し、端末のカメラが普及し、またインターネットにつながるケータイをみんなが持っている国が日本だった。モバイル・ウェブと言えばiモードが代表格であり、スマートフォンはWindows Mobile端末がある程度存在しているレベルだった。

 当時の感覚では、日本とアメリカで同じ端末が街中であふれるなど考えもしなかったことである。そして今や、モバイル・ウェブに対する熱狂は、アメリカの方が強いモノになっている。

 最近Twitter上で展開した議論に、「iPhoneへの熱狂」についての日米の温度差への言及があった。10年前からケータイでウェブを操っていた日本人と、急に2年前にiPhoneを手に入れたアメリカ人。モバイル環境でウェブが操れると言うことに対する「解き放たれた感」があるアメリカ人の方が、より強い熱狂を感じているのだ。

 別の角度から見れば、日本でのiモードは「ケータイ・ウェブ」を構築した点で興味深い一方で、アメリカのスマートフォンが実現しているのは「ウェブをモバイル端末から使う」という位置づけだ。つまり今までの15年ウェブでつちかってきたことがモバイルでも利用できるようになった、と言うことを意味する。

 一例ではアメリカの友人の娘さん(高校生)はそれまで、学校から家に帰ってきたら急いで部屋のパソコンの前に座りAOLにログインし、チャットを楽しんでいた。ところがスマートフォンを手にした途端、家に帰ってきても余裕でリビングのソファに座り、親と喋りながら同じチャットを楽しんでいる。

 ウェブを使う場所が変わり、行動が一新された。これがスマートフォンのインパクトの一部だと見ている。もちろん生活だけでなく、ビジネスシーンも変える。そんな変化が起きていたアメリカに対して、日本のケータイの進化はどうだっただろうか?

 iコンシェルのように、ユーザーの行動をしなやかに支援してくれるサービスの進化も続いているし、おサイフケータイが利用できるエリアもますます広がっている。確実に正常進化はしているのだが、突然変異はなかった。日本はいまだにネットワークサービスにおいて世界でも有数の国であると思うが、その中心となっている裏方的なサービスは実際に便利である一方で“熱狂的な”モバイルとは言いがたいようだ。

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