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「HDTVの普及の遅さは追い風に」――カナダのiFire社バージニア副社長

2001年05月29日 21時43分更新

文● 編集部 佐々木千之

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厚膜無機ELディスプレーの研究開発を行なう、カナダのiFire Technology社は23日、1月に発表した新しい青色蛍光体を使った、CRT並みの色表現が可能という8.5インチの試作ディスプレーを、6月3日(現地時間)から米国で開かれる情報ディスプレー学会“Society of Information Display”への出展に先駆けて日本で公開した。ASCII24では記者発表後に、事業開発部副社長のジョー・バージニア(Joe Virginia)氏(※1)と、先端技術部門長の和迩浩一氏(※2)に単独インタビューを行ない、今回の試作の意義と見通しについて尋ねた。

※1 バージニア氏は、米富士通マイクロエレクトロニクス社に14年間勤務した経験を持つ。米富士通マイクロエレクトロニクスではフラットパネルディスプレー製品部門ディレクターを務め、液晶ディスプレー、プロジェクションディスプレー、PDP(プラズマディスプレーパネル)などの事業開発分野の責任者だった。

※2 和迩(わに)氏は3月にiFireに入社したばかり。松下電器産業(株)において、カラーPDPを開発し、コンセプト段階から量産までの開発を行なった。松下電器ではプラズマ・ディスプー部門の研究開発責任者として、PDP周辺技術を含めた設計開発および量産ライン用の製造技術を担当した実績を持つ。京都大学において工学博士号を取得している。

三原色蛍光体でCRT並み色表現を達成した

[編集部] 2月にバージニア副社長にインタビューしたときは、'99年12月に試作した第2世代の厚膜無機ELディスプレー(以下iFireディスプレー)と、iFireが開発した新しい青色蛍光体を使い、2001年1月に試作した2インチパネルを拝見しました。今回公開した8.5インチディスプレーはその青色蛍光体を使ったものですね?
ジョー・バージニア副社長
事業開発部副社長のジョー・バージニア(Joe Virginia)氏
[バージニア氏] そうです。2月には「今年の半ばくらいにはこの2インチピクセルと同じ素材、手順、構造を使った8.5インチディスプレーをお見せできるでしょう」と言いましたが、それが今回の第3世代の8.5インチiFireディスプレーです。

第2世代と第3世代のiFireディスプレーの違いは、基本的には使用している蛍光体の数です。第2世代では硫化亜鉛を使った黄色と硫化ストロンチウムの青緑色の2つを使い、カラーフィルターを使うことで光の三原色であるRGBを表示していました。赤と緑のピクセルの下には黄色の蛍光体、青の下には青緑色の蛍光体というようにです。

第3世代iFireディスプレーでは、iFireが開発した色純度の高い青色蛍光体を使い、赤色と緑色の蛍光体も独立させ、3つの蛍光体を使っています。これによって、EBU(欧州放送連盟)が規定するCRTディスプレーの発色範囲を100%カバーできるようになりました。第2世代では79%のカバー率でした。
初公開した第3世代8.5インチディスプレー(左)と9インチのCRTディスプレー(右)
初公開した第3世代8.5インチディスプレー(左)と9インチのCRTディスプレー(右)
iFireディスプレーの拡大画像
iFireディスプレーの拡大画像
[編集部] 三原色の蛍光体を使っているということは、カラーフィルターは不要になったのですか?
[バージニア氏] より少ないフィルターになりましたが、不要になったわけではありません。開発の目標はフィルターをなくすことではなく、CRT並みの発色を実現することにあり、それは達成しました。次の目標は輝度を上げることです。第2世代では150cd/m2であったものが、今回2倍の300cd/m2まで向上しましたが、CRT並みの500cd/m2を目指してさらに引き上げるつもりです。
色再現範囲の比較図
CRTの色再現範囲(点線で囲まれた三角)と、第3世代iFireディスプレーの色再現範囲(●で囲まれた範囲)
iFireディスプレーの構造図
iFireディスプレーの構造図。左から第1世代、第2世代、第3世代と並んでいる
[編集部] 発表会でも示していた、30インチ超のiFireディスプレーの製品化に向け、蛍光体部分の開発はほぼ完成したということでしょうか?
[バージニア氏] 蛍光体だけでなく、絶縁厚膜の加工方法や、フィルターのかけ方などディスプレーの表示品質全体を向上させるための努力は続けていきますが、蛍光体において設定しているiFireの目標はもうすぐ達成できそうだと言えます。

iFireは最終的な製品に向けて、1)画像品質などディスプレー自体の技術的開発、2)ディスプレーのサイズや消費電力など商品化する上での開発、3)量産化に向けた歩留まりの向上など製造手順の開発、の3つを進めています。技術的開発と製造手順開発は並行して行なっています。この両方をより一層進めるために、和迩博士の松下電器産業における経験に期待しています。
[和迩氏] 私が手がけてきたPDPとiFireが手がける厚膜無機ELは、同じ平面ディスプレーとはいってもまったく異なるので、PDPの技術をそのまま使えるわけではありません。ですから、技術そのものよりも、材料開発、構造開発が終わってそれを大型化する、あるいは製品として生産可能なものを作るといった、開発のプロセスにおいて、私の経験が生かせるのではないかと考えています。
[編集部] PDPを手がけていらっしゃった経験から見て、iFireディスプレーはPDPに勝てると思いますか?
[和迩氏] PDPに関して、勝とうとか取って代わろうとかは考えていません。まず、フラットパネルディスプレー全体を見たときに、完全にブラウン管に取って代わるというものはありません。いくつかが生き残るでしょうが、現時点でビジネスとしてやっていけるという確証があるものはないと思います。最終的に目指すのはやはりビジネスですから、きちんと収益性があることが大事です。ただ、ディスプレーの市場というのは非常に複雑で大きいですから、どんなマーケットに対して、どんな価格、どんなサイズを狙っていくかによるでしょう。
和迩浩一氏
先端技術部門長の和迩浩一氏
[バージニア氏] iFireディスプレーの製品化時のサイズは、いま日本で探している製造パートナーと対話しながら、最適の大きさを決定することになります。おそらく液晶テレビが狙う20インチ台よりも大きく、PDPが狙う40インチ超よりも小さい、30~36インチクラスということになるでしょう。

8.5インチiFireディスプレーのピクセルの大きさは、HDTVの720pフォーマットに対応する34~36インチサイズディスプレーを製造したときと同じ大きさ(※3)です。PDPは輝度は高い(400cd/m2以上)ですが、小さなガラスセルにガスを封じ込める必要があり、42インチ以下でHDTVに必要な高解像度化は困難です。
※3 画素ピッチは約0.54mm。参考:42インチPDPの画素ピッチ約1mm、13インチ液晶ディスプレーの画素ピッチ約0.26mm、32インチのCRTタイプHDTV対応テレビの画素ピッチ約0.52mm(720p時)。

HDTVが人気を得る前に技術を完成したい

[編集部] PDPはすでにHDTVに対応する製品が登場していますが?
[バージニア氏] 米国では2年ほど前からHDTV放送が始まっていますが、最大のコンテンツプロバイダーであるHBO(Home Box Office)社でも、1週間に16~17時間しかHDTV放送をしていません。消費者はあまりコンテンツがないなら、高価なHDTVセットを買いたくない、プロバイダーはあまり消費者のいないHDTV放送はやりたくない、というニワトリと卵の状態になっており、これに景気の減速も影響しています。

HDTVがまだ人気になっていない。これはiFireにとってはチャンスです。この間に技術を完成し、パートナーを見つけて、生産を進めたいと考えています。
[編集部] 23日の発表会では、iFireディスプレーパネルの製造パートナーとして日本のメーカーと話し合いを進めているということでしたが、現在の状況を教えてください。
[バージニア氏] 興味を示してもらっているパートナー候補企業は多数あります。パートナー企業が求めているのは、低コストかどうか、画像品質はどうか、契約の内容はどうかという3点です。このうち、低コスト化が可能ということは納得してもらいました。画像品質に関しても、今回の第3世代ディスプレーで良い評価をもらっています。契約の内容や、パートナー企業との進捗状況については、いまはお話しできませんが、2、3の熱意を持って取り組んでもらえるところとパートナーを組めればと考えています。日本企業はディスプレーの新しい技術を迅速に商品化する実績があるので期待しています。

今回公開した第3世代iFireディスプレーは、2月に見た第2世代ディスプレーと比較してずっと明るく、また青色も鮮やかな印象だった。1月に試作した2インチのパネルから、8.5インチディスプレーに仕上げるまで4ヵ月と、開発は非常に順調に進んでいるようだ。今後はさらにこの技術を使った17インチディスプレーを年内に試作する予定という。バージニア副社長は明言を避けたが、2003年に定めている30~36インチクラスディスプレーパネルの製品化スケジュールから推測して、製造パートナーの選定もそう遠くない時期に発表すると思われる。

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