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「2003年に30~40インチクラスの無機ELテレビを」――iFire社副社長インタビュー

2001年02月27日 01時08分更新

文● 編集部 佐々木千之

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無機ELディスプレーの研究開発で知られる、カナダのiFire Technology社の業務担当副社長、ジョセフ・バージニア氏(※1)が半導体産業新聞((有)産業タイムズ社発行)主催のセミナーに出席するために来日、ascii24編集部では22日にインタビューを行なった。同氏は「当社の無機EL技術は大画面化に向いている。2003年には30~40インチの大型ディスプレーを製品化する」などと語った。

※1 バージニア氏は、5年前にiFire Technologyに入社する以前は、米富士通マイクロエレクトロニクス社に14年間勤務し、フラットパネルディスプレー製品部門ディレクターを務め、液晶ディスプレー、プロジェクションディスプレー、PDP(プラズマディスプレーパネル)などの事業開発分野の責任者だった。

ジョセフ・バージニア氏
iFire Technology業務担当副社長、ジョセフ・バージニア氏

無機厚膜ELは堅牢で製造コストも安い

[編集部] iFire Technologyの持つ“無機厚膜EL”の特徴、利点について教えてください
[バージニア氏] iFire Technologyは、もともとカナダ西部の企業で、厚膜無機ELディスプレーの開発を10年にわたって行なってきました。もともとの開発の焦点は、厚膜に関する知識というものを応用して、無機ELに活用できないか、それによってより堅牢な無機ELディスプレーを作れないかというものでした。

当社の“iFireディスプレー”の特徴には以下に挙げるようなものがあります。
  • デバイス部分の厚みは2.1mm
  • 完全固体デバイスのため動作温度、耐衝撃性で有利
  • 自発光デバイスのため視野角はCRTをしのぐ160度
  • 応答速度が1ms以下と速い
  • 加工工程が簡素化されているため製造コストが低い
  • RGB各色8bitの1670万色フルカラー
[バージニア氏] 有機EL(※2)ディスプレーは、構造上、小型サイズでは輝度を上げることができますが、大型になるにつれて相対的に輝度が下がってしまいます。最近、アクティブマトリックス方式によって、輝度を高める構造を持った有機ELディスプレーも登場してきていますが、これはせいぜい30インチまでのディスプレーに向く技術だと考えています。

※2 光を発する蛍光材料に有機化合物を使うものを有機EL、無機化合物を使うものを無機ELと呼ぶ。


iFireはもっと大型のディスプレーも可能です。また、大型のフラットパネルディスプレーとしてはPDPがありますが、PDPは発光セルを真空にしてガスを封じ込める炉が必要となり、製造設備が大がかりなものになりコストが高くつきます。また、同じ理由から衝撃には弱くなります。iFireは完全な固体デバイスで、かつ不純物などの影響を受けにくいので、高度な無塵設備などが不要で、製造コストを低く抑えられます。衝撃にも当然強いものとなります。

'97年に大きな技術的ブレークスルーがあり、大きく製品化に前進しました。それ以前にEL技術については“3つの障壁”というものがありました。それは1つめは、フルカラーディスプレーの困難さ、2つめは大型ディスプレーの製造、3つめは輝度を高くできるかという問題です。ここでいう大型ディスプレーとは25~50インチサイズです。

まず青色(シアン)の蛍光体の安定化に成功しました。その蛍光体がSrS(硫化ストロンチウム)です。フルカラーディスプレーを作るためには青色蛍光体の安定化が不可欠でした。

そして我々が扱っている厚膜ELの構造の特徴として、絶縁体が厚い(20μm。薄膜ELでは1μm程度)ことがあります。まさにこのためにディスプレーの大型化が容易に行なえるのです。
(グラフ1)
(グラフ1)iFireの無機厚膜ELと有機薄膜ELデバイスの比較。縦軸が輝度、横軸が印加電圧

これは横軸に発光デバイスへの印加電圧、縦軸に輝度をとったグラフです(グラフ1)。薄膜ELとiFireの厚膜ELを比較しています。まず立ち上がり(光り始め)の電圧が、薄膜ELに比べてiFireのものは非常に低くなっています。またこれは同じ材料で同じ電圧を印加したときのグラフですが、輝度を見ると、iFireは薄膜ELの4倍の輝度となっています。これには高誘電率が大きな要素となっています。絶縁体の厚みと高い誘電率が相まって、蛍光体に向けての電子の射出が強くなるためです。

それから、このグラフの曲線に注目してください。iFireのものは長くなだらか、薄膜ELの方は短くて急なものになっています。このような緩やかな傾斜特性は美しい画像表現に有利です。フルカラーと高い輝度を実現しただけでは、美しい画像を表示できることにはなりません。20μmという絶縁体の厚み、それと高誘電率を備えた絶縁体、さらに当社が加えたさまざまな材料や技術によって、高い輝度、フルカラー、大型ディスプレーが実現できるのです。

'97年に青色蛍光体である硫化ストロンチウムを発見し、非常に発色がよく安定した蛍光体を実現しました。現在の青色蛍光体の寿命は2万時間ですが、今後民生用として十分とされる10万時間を目指して研究開発を続けます。
試作した無機厚膜ELディスプレーパネル
試作した無機厚膜ELディスプレーパネル。左が第2世代、右が第1世代のもの。輝度やコントラストが明らかに向上しているのがわかる。この夏に試作しようとしているのは第3世代で、さらに画質が向上するという
無機厚膜ELディスプレーパネルは自発光デバイスなので、非常に浅い角度からでもきちんとした色合いで見える
無機厚膜ELディスプレーパネルは自発光デバイスなので、非常に浅い角度からでもきちんとした色合いで見える(画像がぶれているのは撮影時のシャッター速度による)

さらに開発は今、新しい段階に入っています。これまで蛍光体には、黄色と青色の2色を使い、カラーフィルター処理によってRGB各色を作り出していました。今回は、赤色、緑色、青色3色の蛍光体を使うことにしました。これによって、カラーフィルターが不要になり、色純度や輝度を上げることができます。この“3パターン構造”を用いることにより、より良好な輝度を持ち、色の質の高いディスプレーを作る見通しが立ったのです。いま展示できるものは2インチの単色のものです。これから夏に8.5インチのプロトタイプを作り、それにグラフィックスディスプレーとしての機能性を持たせるというのが目標です。これはこれまでiFireが発表している第2世代の厚膜ELディスプレーに比較して、3つのポイントでの改善を目指しています。1)より高い色純度、2)より高い輝度(現在の輝度は150cd/m2。一般的なLCDでは150~250cd/m2、CRT方式TVでは500cd/m2)、3)現在のテレビに近い高い色温度(1万ケルビン程度。一般的なCRT方式TVは9300ケルビン)、です。
第3世代の試作発光セル
夏に試作するm8.5インチのディスプレーパネルで使われる、第3世代技術を使った、2インチの発光セル。これはグリーンのものだが、レッドやブルーももちろん試作されている

42インチのHDTVを40万3000円で

[編集部] 具体的な最終製品の時期や価格見通しについてはいかがですか?
[バージニア氏] 2003年に30~36インチサイズの大型TV(SDTV:標準解像度TV)を発表する予定です。36インチのものは4:3の画面比率ですが、高さはそのままで横に長い42インチのワイドスクリーンの製品も計画しています。価格については30~37インチのSDTVで29万円程度、42インチワイドのSDTVで34万5000円程度、42インチのHDTVで40万3000円程度を目指しています。価格は、同じサイズ、同じカテゴリーのPDPよりも40%安く、CRTディスプレーの2倍以下、という目標から設定されています。
2001年から2003年における、30~37インチTV(3:4)と42インチTV(ワイド)の予想価格グラフ(PDP対iFire)
2001年から2003年における、30~37インチTV(3:4)と42インチTV(ワイド)の予想価格グラフ(PDP対iFire)
[編集部] 製品化の際に製造は自社で行なわれる予定ですか?
[バージニア氏] 今年半ばを目標としている、3パターン構造の8.5インチプロトタイプの後で、年末までに17インチプロトタイプの開発を行ないます。そこまでいけたら、TVセットメーカーなどのパートナーとの合弁により製造工場を作る計画です。また、当社が注力しているのは大型の製品ですが、堅牢性に着目したパートナー(※3)が車載などに向けた小型ディスプレーを目指しており、そういった小型のものは製造ライセンスの供与を考えています。
※3 同社は2000年2月にTDK(株)と、12インチ以下のサイズの車載用、一般家電用そのほかの用途向けの製品事業家を目指した資本提携を行なった。TDKはiFire Technologyに対して750万ドル(約8億7000万円)の資本参加し、株式の2.5%を取得した。

[編集部] 現在のiFireの解像度はどのくらいですか? またどのくらいのサイズまで可能でしょうか?
[バージニア氏] 解像度は85dpiです(LCDディスプレーとほぼ同等。CRTテレビは15インチのもので57dpi程度)。もっと高解像度にすることも可能だと思いますが、液晶のほうがより高解像度を実現できるでしょう。一方、PDPは発光セルを小さくすると暗くなってしまうので、あまり解像度を高くできません。iFireはPDPよりも高い分解能の製品を狙っています。ディスプレーのサイズは、無機厚膜ELとしての制限はありませんが、製造装置による制限がでてくるでしょう。最終的にどのサイズに落ち着くかは、製造パートナーや市場次第です。
無機厚膜ELディスプレーTVの、製品化までのロードマップ
iFire Technology無機厚膜ELディスプレーTVの、製品化までのロードマップ
[編集部] PDPは製品化では先行しており、50インチクラスで10cm程度の厚みのものがでてきていますが、iFireではどのくらいの厚みの製品が可能だと考えますか?
[バージニア氏] 厚膜ELデバイスそのものの厚みは2.1mmですが、ディスプレーとしてはさまざまな回路が必要ですので、3cmぐらいのものが可能だと思います。
[編集部] メインターゲットは30~42インチということですが、日本向けにもう少し小さなサイズの予定はないですか? サイズも小さいが価格も抑えたような。
[バージニア氏] 確かにサイズは重要です。日本でどのくらいのサイズが人気があるのか、あるいは価格とサイズとのバランスはどうかといった点で、テレビセットメーカーと話し合っていかなくてはと考えています。
[編集部] ありがとうございました。

インタビュー後に、iFire Technologyがこれまでに試作した、第1世代と第2世代の技術を使った試作ディスプレーを使って、DVD画像を表示するデモンストレーションを見ることができた(画像参照)。第1世代のほうはさすがに暗く、コントラストも低いものだったが、第2世代の試作品は発色、コントラストともに向上していた。画質としては、液晶よりはCRTにずっと近いが、CRTよりは輝度とコントラストが劣る、という印象だった。iFireが製品化を目指して現在開発中の、3色の蛍光体を使う第3世代のものでは、色の品質と輝度の点でCRTに匹敵するものになるという。現在すでに市場投入されているPDPよりも数年登場は遅れるものの、薄くて軽く、価格も安いということで、このまま順調に開発が進めば、大型フラットパネルディスプレーデバイスとして台風の目になりそうだ。

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