アンビエントオーブ
アンビエントオーブは、ダウジョーンズ株価指数などの変化を無線で受信し、自らの色を変化させる装置である。写真からも明らかなように、そのデザインや機能はミニマル。ユーザーは情報ソースを自由に選択し、その変化する数値情報を好みの色域帯にマッピングできる。オーブがまとう色で、株式情報のアップダウン、降水確率、花粉の飛来量、あるいは通勤路の渋滞状況などがひと目でわかる。
アンビエントデバイス社は、筆者の受け持つ「タンジブル・インターフェース」のクラスを'00年に受講したベン・レスナー(同社CTO)と、メディアラボの卒業生で起業家/デザイナーであるデビッド・ローズ(同社CEO)が「アンビエント」の思想に共鳴してスタートした企業だ。
彼らはその思想をコンシューマーが購入できるデバイスにするために独自のワイヤレスコミュニケーション方式と、コンテンツを配信するためのサーバー技術を開発。そもそも、そのユニークなビジネスモデル自体が同社を際立たせる大きな要因となっているのだろう。筆者もアドバイザーとして、彼らのビジネスにわずかばかりかかわっている。
ウェザーウィザード
アンビエントデバイス社の最新かつ最も成功したアイテムは、5日間の天気予報を表示する「ウェザーウィザード」だ。電池を入れるだけで自動的に自分の住む地域の天気予報を無線で受信して自動更新してくれる。先のアンビエントオーブに比べると情報量とその複雑さが増しており、本来の「アンビエント」からは少し外れてしまうが、それでも慣れればひと目で必要な情報を入手できる。
パソコンを起動してウェブブラウザーを立ち上げ、天気予報サイトのURLを入力/検索してアクセスする──という通常の汎用マシンを使った情報アクセスのプロセスと比べると、ウェザーウィザードはその専用性ゆえに、格段にシンプルな情報アクセスを可能にする。
最近では、アンビエントデバイス社の技術供与に基づいて韓国LG電子社の米国法人が冷蔵庫のドアにもデバイスを採用した。家族のみんながアクセスする情報掲示板として天気予報を冷蔵庫のドアに組み込むというアイデアは、アンビエントディスプレーのコンセプトと極めて親和性が高いものだ。
10年越しの商品
人間の認知特性の研究に基づき、フォアグラウンドではなくバックグランドを指向した情報表示装置の研究開発を始めて10年。そのコンセプトが商品となって広く世の中に展開されることは極めて感慨深いものがある。
現在は使用している無線方式の関係から米国を中心とした商品展開ではあるが、近い将来、日本でもこのサービスを提供できる日が来ることを願ってやまない。
(MacPeople 2007年8月号より転載)
筆者紹介─石井裕
米マサチューセッツ工科大学メディア・ラボ教授。人とデジタル情報、物理環境のシームレスなインターフェースを探求する「Tangible Media Group」を設立・指導するとともに、学内最大のコンソーシアム「Things That Think」の共同ディレクターを務める。'01年には日本人として初めてメディア・ラボの「テニュア」を取得。'06年「CHI Academy」選出。「人生の9割が詰まった」というPowerBook G4を片手に、世界中をエネルギッシュに飛び回る。
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