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四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第164回

より真空管らしい音になるーーNutubeの特性と開発者の制御に迫る

2017年04月29日 12時00分更新

文● 四本淑三

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サグ感を再現する「動作点変動回路」

―― では、少ないとは言え、バラつきがあるという前提で設計はしなければならない?

 はい。なので本体側にトリムを載せて、それを工場で合わせて生産しています。

―― それはなにを調整しているんですか?

 動作点です。これはバラツキがあって調整箇所を設定しないと組み上がらないということではなく、動作点がピタッと合うことでうまく動作するような回路を入れているからなんです。動作点をある範囲に持っていくことで、真空管の出力がギュッと来るような。

―― アンプによってはバイアス調整のツマミがありますけど、そういうものとも違う?

 ああいったものを信号のレベルに応じて可変させる回路です。パワー管のバイアス調整は、浅くすると音量も上がってきますが、真空管の寿命も短くなる。丁度いいところを選ばなければならないんですが、これは弾き方に合わせてバイアスを変えているんです。

―― エンベロープ・フォロワーみたいな?

 みたいなことですね、簡単に言うと。入力信号に応じて、Nutube周辺の動作点が変動して、ゲインや波形が動的に変化するんです。

―― 普通の真空管アンプにそういう回路はないですよね?

 普通の真空管はそれを自然にやっているんです。大きな音量で弾くと、グワーンとくるじゃないですか。

―― いわゆる「サグ」と言われる現象ですよね。

 あれって大きな電流を消費すると、電流が足りなくて電源トランスが「あーちょっと待って!」ってなっている状態なんです。そこでより大事なのは、結果的にパワー管の動作点やゲインが変化する。それと同じ動作をする回路を入れているんです。それが真空管アンプならではのコンプレッション感などを生み出す要因なっているんですね。これはアナログに詳しい方がよく言われるような、波形の非対称性とか奇数次倍音とは違っていて、大事なのはそれらが常に動いているというところなんです。

―― ずいぶん面倒くさいことをしていますねえ。

 はい。説明もかなり面倒くさいです(笑)。

―― 恐れ入ります(笑)。その回路は、ROCKとACの背面にあるインピーダンススイッチで操作する、パワーアンプとスピーカーの相互作用をシミュレートする回路とは違いますか?

 違います。そちらは、パワーアンプがスピーカーのリアルタイムな動作の影響を受けることを再現した回路です。それとは別に、その真空管らしい動作を再現するための専用回路として、Nutube周辺に対して「動作点変動回路」として組んでいます。ただ、どちらも本質的には、人間が止まっているものより動いているものに対して何倍も敏感である、という点に着目した設計思想だと言えます。

 VOX開発チームへのインタビューはここまで。いままでにない新しい素子を使った新しい製品ということもあるが、同チームがこの製品に投入したアイデアも斬新なものばかりで、取材時間は実に3時間を超えた。

 当たり前のことだが、Nutubeがあれば誰でもMV50のようなギターアンプが作れるわけではない。ギターアンプがどのような動作をし、その音を弾き手がどうとらえているのか。それを知り尽くしたエンジニアが、新しい素子にふさわしい、新しいギター用デバイスとして開発したもの。その結果生まれたのがMV50という超小型ヘッドアンプなのだろうと思う。

 現在MV50は市場でも品薄が続き、楽器店では試奏用展示品の用意もままならない状態と聞くが、もしチャンスがあれば、ぜひキャビネットに接続して試してほしい。音や演奏性の善し悪しは奏者の好みとしても、音楽機材の歴史に残る製品になるのは間違いない。

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著者紹介――四本 淑三(よつもと としみ)

 1963年生れ。フリーライター。武蔵野美術大学デザイン情報学科特別講師。新しい音楽は新しい技術が連れてくるという信条のもと、テクノロジーと音楽の関係をフォロー。趣味は自転車とウクレレとエスプレッソ

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