このページの本文へ

前へ 1 2 3 次へ

”ニュー・エンタープライズクラウド”へ!Microsoft Azureが7周年

AzureがOSSと歩み始めた7年の軌跡を振り返る

2017年02月21日 07時00分更新

文● 羽野三千世/TECH.ASCII.jp

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 Microsoftのパブリッククラウド「Microsoft Azure」の商用サービスが開始されてから、今年2月で7周年を迎えた。“クラウド版Windows”「Windows Azure」として登場し、当初は.NETのみを扱うWindows環境のコンピューティングとストレージの機能だけを提供していたAzureは、7年の時を経て、800以上のOSSが利用できるオープンなプラットフォームに進化している。今や、Azure上で稼働する仮想マシン(VM)のゆうに3分の1がLinuxだ。

 AzureがOSSへ歩み寄った7年の軌跡について、日本マイクロソフトクラウドプラットフォーム技術部 テクノロジースペシャリストの廣瀬一海氏に話を聞いた。廣瀬氏は、OSS系のエンジニアでありながら、初めてのAzure SDKが提供された2009年頃からAzureに深く関わり、2016年からはマイクロソフトの“中の人”としてAzureを担当している(聞き手、アスキー羽野三千世 以下、敬称略)。

日本マイクロソフトクラウドプラットフォーム技術部 テクノロジースペシャリストの廣瀬一海氏

2008年~2010年 Azureのあけぼの

 MicrosoftがAzureを発表したのは、2008年。米ロサンゼルスで開催された開発者イベント「PDC 2008」の基調講演で初めて紹介された。当時は、Salesforce.comのForce.com、Amazon Web Services、Google Appsといったクラウドサービスが続々と出てきた時期であり、これに対抗するかのように“Windows Azure”が登場した。

 2008年のリリース時のAzureは、コンピューティング(Azure Cloud Services)に3種類の分散オブジェクトストレージ(Azure Blob Storage、Azure Queue Storage、Azure Table Storage)を備えたシンプルなPaaSだった。翌2009年に、SQL Serverをベースにした「SQL Azure(現SQL Database)」や「App Fabric Service Bus(現 Azure Service Bus)」を追加。そして2010年1月にGA(一般提供)を迎えた(課金サービスとして商用利用が開始されたのは翌月の2010年2月)。

羽野:Azure7周年おめでとうございます。廣瀬さんはGAより前の2009年頃からAzureをみてきたそうですが、初期のAzureにはどんなイメージを持っていましたか?

廣瀬:“エンタープライズでの利用を強く意識しているな”というのが最初の印象でした。当時からAzureのコンピューティングはWeb RoleとWorker Roleという2つのロールで構成されていたのですが、フロントのWebと、その裏で稼働する非同期のWorkerという構成は、古くからエンタープライズ向けのシステムで採用されてきた可用性の高い分散設計です。だから、私のようにLinux環境で高可用性システムを開発していたエンジニアの中には、AzureでJava、PHPなどを動かそうと試みていた人が少なからずいました。

羽野:でも2009年当時のAzureは.NETでしかさわれなかった。

廣瀬:最初の仕様ではそうなっていたのですが、デプロイメントのパッケージ(予めパッケージングしたプログラムやミドルウェアと設定をVMに一括自動展開する)に.NET以外のPHPやJava、Node.JSを無理やりいれて、ミドルウェア展開時のスクリプトフックを使ったら動きました。

その後、2012年頃からこれらの言語を順次正式サポートしていくわけですが、2009年のマイクロソフト公式イベントでもAzureパッケージにPHPを入れるようなデモが行われていました。もともと.NETに閉じるつもりはなかったようで、この点は先見性がありました。先見性といえばもう1つ。この、最初のAzureのポータルサイトを見てください。

2010年当時のAzureのポータルサイト(提供:冨田順氏)

左が本番運用環境、右がステージング(最終テスト環境)です。それぞれに展開されたインフラを、中央のVIP Swapでバチンと切り替えます。

羽野:今でいうところBlue Greenデプロイメントですね。

廣瀬:その通り。Azureではパッケージやミドルウェアの一括展開による、Immutable Infrastructure、Blue Greenデプロイメントの概念をリリース当時から実現していました。これも、エンタープライズのアーキテクトには評価の高い仕組みでした。

2011年 エンタープライズ過ぎた苦難

 GA後、2010年中に「Azure Storage Drive」(Azure StorageにVHDを配置してドライブとしてマウントできる機能)、VM Role(現 Azure Virtual Machines)の追加といった機能強化があり、2011年にはAzure Traffic Manager(もっとも近いリージョンにアクセスを分散させる機能)に対応するなど、Azureは地道に機能拡張を続ける。

 2011年は、“ビッグデータ”のキーワードが流行っていた時期だ。Microsoftは、「LINQ to HPC」というC#などで扱う独自の大規模データ分散処理機能をAzureへ実装しようとしていたが、2011年にオープンソースのApache Hadoopに注力する方針に切り替え、同年12月にHortonworksのHadoopディストリビューションをAzureに実装した「Apache Hadoop on Azure(現Azure HDInsight)」を発表している。AzureがOSSプロダクトを大規模に採用した初めての出来事だ。

 Hadoop on Azureは、AzureのBlobストレージに保存したデータをHadoopに読み込んで処理し、結果をBlobに戻す仕組み。これが、Azure上のWindowsの環境で動いていた(当時はまだAzureにLinux環境は作れなかった)。

2011年7月にAzureポータルが日本語化された(提供:冨田順氏)

羽野:2011年当時、ビッグデータやHadoopは業界でキーワードとしては流行っていましたが、実際にクラウド上で使われていましたか?

廣瀬:実際の現場では、Hadoopによるビッグデータ処理は技術シーズの段階で、利用者は一部にとどまっていました。

羽野:この頃は、先行するAWSの影に隠れてAzure自体の存在感が薄かったような。

廣瀬:ソーシャルゲームやマーケティングなど、大規模Webサーバー展開をクラウドで活用する時期でした。主にコンシューマーサービスでのクラウド活用が目立ちだした頃で、先行するAWSがEC2を中心にコンシューマー領域でユーザーを増やしていく中、Azureは苦戦を強いられました。Azureの高可用性設計、PaaSでの開発は、エンタープライズ過ぎて学習コストが高かった。アーキテクチャにしてもHadoopにしても、今思えば世に出すのが早すぎたような気がします。

羽野:廣瀬さんは2011年頃のAzureをどのように使っていましたか?

廣瀬:2010年10月に開催された開発者イベント「PDC 10」でElevated Privilegesという機能が出まして、この機能を使うとAzure上のVMで管理者権限をとれるようになる。つまりやりたい放題。Elevated Privilegesが出てからというもの、AzureにRubyを入れたりMySQLを入れたり、あらゆることを試しました。いろいろ試している中で、将来的にAzureの設計思想が理解されて、エンタープライズの大規模システムに利用されていく未来が見えました。そんな経緯で、AWS全盛の2011年に、法人向けにAzureの導入支援やコンサルティングを提供するpnopを数人のメンバーと共に創業しています。

前へ 1 2 3 次へ

ASCII.jp特設サイト

クラウド連載/すっきりわかった仮想化技術

ピックアップ