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スペシャルトーク@プログラミング+ 第7回

サイバーエージェント執行役員 長瀬慶重氏インタビュー

AbemaTVはどのように立ち上げられたか?

2016年11月07日 09時00分更新

文● 聞き手:遠藤諭(角川アスキー総研)、松林弘治

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 ITは「情報技術」の意味ではなく、ITと略された意味しかない。それは、米国のスタートアップや業界関係者が判で押したように口にする「世界を変える」ためのものだ。それに対して、日本のITは「効率化」しか考えていないと言われるが、2016年に日本で登場した商品で、世界を変えようとしたものはどれか?

 もちろん、それに該当するものはいくつかはあるが、サイバーエージェントが4月に開始した「AbemaTV」は、間違いなくその1つだろう。HuLu、Netflix、Amazon ビデオと、米国製のコンテンツ配信系サービスが始まるなか、まったくオリジナルな形の動画メディアの開始に、業界関係者をも驚かせた。

 2016年10月現在、約30チャンネルを24時間放送をしており、アプリのダウンロードも11月2日時点で1,000万件と発表されている。この規模の配信サービスは、どのように開発され技術的には何が課題だったのか? 株式会社サイバーエージェント 執行役員で、株式会社「AbemaTV」 開発局局長の長瀬慶重に聞いた。

「AbemaTV」は桁違いの予算を投下したサービス

―― まず、長瀬さんのバックグラウンドをお聞かせください。

長瀬 私は、もともとNTTソフトウェアという会社にいて、NTT武蔵野研究開発センターで、IP電話や無線タグの実証実験サービスの開発をするなどの仕事をしていました。それを5年くらいやったところで、実家の家業を継ごうかとなったのですね。それが、電柱を立てるなど、NTTの仕事をやっている会社なのですが、いろいろと考えるところがありました。

―― 電柱じゃないだろみたいなことですか? 失礼な言い方ですけども。

長瀬 いえいえ、本当にそうなんです。それが2005年頃で、ちょうどインターネットが2000年くらいから来ていましたからね。それで、サイバーエージェントに入社をしたわけです。

―― 当時の御社はどんな感じだったんですか?

長瀬 サイバーエージェントというと、もともと広告代理店の営業会社でしたので、技術職は私が1人だと思って入社したんですが。実は、30人くらいの技術職がいました。それも、ものすごくなんか尖った有能な技術者がたくさんいました。ただ、当時は、1億PVくらいで落ちてしまうような状況でして、開発を完全に外注に依頼しているような体制でした。それが、1年くらいで15億PVくらいまでは行けるようになって、そのあとあと、佐藤真人というその後CTOになるような人材が入ってきました。彼に「アメブロ」のシステムの内製化のプロジェクトを渡して、私自身は、2007年からサービス開発とエンジニアの組織作りの2つがメインの仕事になりました。

―― 2007年というとiPhone国内発売の前年ですね。

長瀬 「アメーバピグ」やガラケーのソーシャルゲーム事業、そのあとはスマートフォンのアプリ事業とか、うちの会社のメディアサービスの企画開発を一通り、うちの代表藤田晋の下でずっと経験して来ました。

―― ずっとチーフエンジニア的なお立場なんですか?

長瀬 僕自身はどちらかというとプロジェクトとサービスの企画の両方をやっている感じです。なので、技術者の採用や評価、それからエンジニアが考える技術的なアーキテクチャの説明を受けて、最終的にこうだよねというようなお話をする。うちのグループは、文系出身の経営者がやっぱり多いものですから、現場のエンジニアと経営層の間に立って翻訳をして伝えながら開発と組織をずっとやってきた感じです。100までは行かないですけど、50以上は、この会社でサービスを企画、開発して立ち上げてきました。

―― 10年で50以上だと年がら年中立ち上げている感じじゃないですかね?

長瀬 失敗してきました(笑)。その時代その時代のサービスを作って10年ぐらいたちますから。中には「アメーバピグ」や「アメブロ」のように数千万人に使ってもらえるようなサービスをみんなで作ることもできたんですけど。それ以上に失敗経験も多くてですね、そういう意味もあって「AbemaTV」というのは、集大成に近いような意味合いで臨んだというのは凄くありますね。

―― やっぱり、「AbemaTV」は、大型企画なんですよね。

長瀬 僕の知っている限り桁違いですね。たとえはよくないですけど、2009年に黒字化した「アメブロ」は、それまでの累損が約80億円くらいあったんです。で、今回、「AbemaTV」って初年度で100億円投資すると対外的にお伝えしています。関わっている人の数はもちろん、その質的な部分、もちろんお金、藤田自身の時間もつぎ込んでいます。テレビ朝日さんという強力なパートナーがいることもありますが、この規模のサービスは、過去うちの会社では前例がないのものでした。ということで、開発も相当のプレッシャーのかかった中で、この半年でなんとか立ち上げをやったんですね。

長瀬慶重(ながせのりしげ) 1975年生れ。2005 年 8 月に株式会社サイバーエージェントに入社。2014年4月にCA18、2015年4月に執行役員に就任。2015年10月に株式会社「AbemaTV」に出向。開発局の責任者としてプロダクト開発に従事。

250個のモックアップ(試作品)を、作っては壊す、作っては壊す

―― 地デジへの切り替え以降、テレビとネットの関係が物凄く注目されていて、HuluやNetflixというようなテレビに近い性格のサービスが米国からやってきた。あるいは、4K、8Kとか、「コピーネバー」なんてキーワードも飛び出してくる。TVerも、重い腰をあげた感じでとりあえず始まった。ただ、そいう動きの中で「AbemaTV」が出てくるとは、まったく予想していなかったんですよ。そもそも誰が言い出したんですか?

長瀬 もともとはですね、去年のはじめに、テレビ朝日の早河洋会長とうちのうちの藤田で「一緒に事業を立ちあげましょう」という話があったんですね。そこから、10人ほどのプロジェクトチームが発足しました。その中では、NetflixやHuluに近いようなオンデマンドサービスももちろん検討しましたし、モックアップにいては250個作っては壊し、作っては壊しで、いまのプロダクトの形になるまで約半年間もエンジニアとデザイナーがひたすら試行錯誤を繰り返していました。

―― それってどのレベルのモックアップですか?

長瀬 動くプロトタイプですよ。試作品をそれぐらい作って、ようやくヨコ画面に行きついたんですね。

―― ああ、ヨコ画面というのも驚いたことでした。携帯以降のタテ画面化への流れに真っ向から逆らうような! それはいつ頃なんですか?

長瀬 去年の8月、9月くらいに、試作品250個の中からヨコのUI、UXに着地した感じです。この結論に到達するまでに4カ月くらいかかりました。

試行錯誤の末、ヨコ画面に着地した

―― モックアップは五月雨式に作っては壊しという感じなんですか?

長瀬 そうですね。エンジニアとデザイナーがひたすらモックを作って、藤田と一緒に見て、やっぱり16:9をタテ画面では迫力がないとか。藤田からは、とにかく「受け身視聴で観たい」ということなんですね。オンデマンドのように「何か見たいものを探す」ようなサービスではなく、テレビのように受動型のサービスであってほしいというのと、映像の美しさをきちんとユーザーに伝えたいということの2つでした。

―― ちなみにモックってどうやって書いてるんですか?

長瀬 pixateというプロトタイピングツールがありまして、それを基本的に使って動かしていましたね。

―― それを10人くらいで試行錯誤した。

長瀬 はい。同時に、テレビ朝日さんの方々とディスカッションをするんですけど、彼らの放送に対する品質の考え方がもの凄いんです。たとえば、配信現場から3秒で必ずテレビに到達するようにする。そのときに、この3秒というのは、全世帯で漏れなくそれができるようにするというレベルのことなんですね。

―― なるほど。

長瀬 なにかしらのトラブルで数秒止めたら、放送の世界は「事故」と呼ぶわけです。ネットの世界はSLA(サービスレベル品質保証)って、「99.9いくつ」の世界じゃないですか? それが、テレビの世界って、「99.99999」くらいの世界なんですね。その映像を配信する、届けることにおける彼らのプロ意識というものをディスカッションで見せつけられた感じでしたね。インターネットの技術でテレビを再現することが本当に我々の挑戦なんだということだったわけです。タイムラグに関しては、実は、いま30~60秒という状況なのでもちろんテレビ品質からは随分ずれています。ただ、僕らの中では一回これぐらいの品質で出して、そこからどんどん短くしていくということなんですね。

―― なるほど。

長瀬 それに加えて、テレビ放送のビジネスモデルを持ち込むわけですから、「当たり前のようにCMを配信する技術」に向き合わなくてはいけないわけです。

―― ここはテレビを目指す「AbemaTV」的には、実に、キモとなる部分ですね。

長瀬 そうなんです。通常のインターネットにおけるオンデマンドとかYoutubeの動画広告の仕組みというのは、シンプルにクライアント側が動画広告を表示をするリクエストを出して表示するものですけど、それだとあらゆるデバイスでユーザーが同時にコマーシャルを見るという体験を実現できないんですよね。

―― どの家庭にも同時に同じコマーシャルがドカッと流れるのがテレビであると。

長瀬 ええ。ところが、テレビだと当たり前のことが、今のインターネットの動画広告の仕組みだとできないわけです。それを、僕らは今回、配信サーバー側で動画の広告を挿入できるようなシステムを開発して、同じようにユーザーに届けるということを実現しました。いわゆるインターネットの技術でテレビを再現すること自体が、高い難易度でした。思い出したくないくらいですよ(笑)。

―― ディスカッションには、テレビ朝日さん側はどんな人が出てくるんですか?

長瀬 僕らは、基本的にサービスの設計・開発、アプリの開発をやります。テレビ朝日さんは、映像を撮って、音声のチューニングとか画質のチューニングをして、僕らのサーバーに映像を届けるというところまでを担当されています。

―― そこから先はすべてやるわけですね。

長瀬 ええ。それで、10月から開発チームを強化しようと、とにかく4月11日に間に合わせてくれと、藤田が明確に開始時期も含めて話をしまして、11月末、正確には12月に入っていましたけど、30人まで一気に開発チームを増やしました。

―― いまサイバーエージェントさんって、開発チームはどのくらいの人数がいらっしゃるんですか?

長瀬 約3,000人のうちエンジニアは3割を超えるので1,000人くらいですね。

―― 1,000人も技術者がいたら、エンジニアリングの会社じゃないですか?

長瀬 そうですね。だいぶモノ作りの会社になってきたと思います。

―― それで、実際の開発は30人の体制でやられたわけですね。

長瀬 ええ。12月に中間報告会というのをやったんですけど、その時にまだ裏側のテレビ局でいう「配信管理ツール」と呼ばれている、番組表を編成してこの時間に何を配信するかという管理システムの基盤がまだなかったんですね。通常は開発に1年近くかかるようなのですが、3か月で作りました。年明けから簡単な配信設定ができるようなり、PC用を作り、アプリを作り、広告機能を作りという形で、約4カ月でギリギリバタバタとリリースした感じですね。

「AbemaTV」の番組表画面

タブレットで見ても凄いけど、テレビで見たら本当に凄い。

―― いままでこのような動画配信サービスは世の中にあったのですかね?

長瀬 ないですね。この形態のシステムは僕らも経験がないですし、本当にこのサービスを実現していく上で国内外の配信ソリューション(ASP)を持っている会社に色々ヒアリングしたんですけど、このような形態のシステムは見当たりませんでした。

―― こういうテレビの番組表をそのままサービスにしたようなものはなかったということですね?

長瀬 ないんですよね、なのでもう自前で作るしかないっていう。

―― 総務省が2019年に、テレビ同時配信とかっていう話もしてるじゃないですか。要するににライブのものをそのままエンコードして中継しているものはあるけれども、チャンネルと考えてそこに流してるのって意外にないってことですね。

長瀬 インターネットの動画サービスで、このようなリニア放送の形態でやっているモデルはたぶん本当にないですよね。

―― テレビの最初って1930年代のベルリンオリンピックの中継で、ベルリンのラジオタワーにテレビ博物館みたいなのがあるんですけど、かなり初期にテレビってチャンネルなんですね。ラジオは、チューニングだけど、テレビはチャンネルです。

長瀬 インターネットでは、そのチャンネルも、開局当時は24チャンネルだったのが今はもう30チャンネル近くなっていて増やすことができたりします。

―― なるほど。

長瀬 ちょうどいま、アマゾンのFireTVとかAndoroidTVとか、AppleTVとかのプロダクトがこれから年末にかけてどんどん出て来るわけですけど、テレビで「AbemaTV」を見ると地デジよりもまず画面の切り替えが早いです。あと、たとえば民放5チャンネル、NHKの2チャンネルとかで一気に30チャンネルまで無料で見れる番組が増えるんですよ。「AbemaTV」をテレビで映すと。テレビ画面で観れることでこんなにメディアの可能性が広がるんだということは、まあ僕らが一番感じて驚いてます。それをメーカーさんに見せると、メーカーさんも目の色を変えてこれはすごいって言ってくれるんですよね。反応がとてもいいんですよ。タブレットで見てもそうでしたけど、テレビで見たら本当に凄いんですね。

―― テレビといういままで限られたコンテンツしか流れてこなかったものの中に、テレビ的な文法のまま新しいチャンネルがドバッと入って来ると受け取り方は確かに全然違いますね。

長瀬 アメリカのようにケーブル放送で本当に多チャンネルの中で生活しているんじゃなくて、地上波がメインの日本では限られたチャンネルでしたからね。

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