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「Japan VR Summit」開催記念特別寄稿:

よくできたVRは現実を操作する

2016年04月18日 11時00分更新

文● 藤井直敬(VRコンソーシアム代表理事) 編集● 盛田 諒

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現在と過去が入れ替わっても、人は違いを区別できない

 ぼくは神経科学者として脳の研究をずっとやっていました。脳のはたらきをあきらかにしようということで、サルにモーションキャプチャーシステムとヘッドマウントディスプレイを装着させ、脳全体の脳活動を記録する研究をしていました。今思うと「おれスゲーな」というくらい、かなりハードコアな研究ですね。

 VRはここにはない環境をつくり、そこに放りこむもの。当時からぼくはそこに不満を持っていました。それは「ウソ」だから。現実とバーチャルのギャップを埋めることを研究テーマにつくったのが「SR」(代替現実:Substitutional Reality)でした。当時はまだお金があったので、山中俊治さんにデザインをしてもらってヘッドマウントディスプレイもつくりました。


 SRでは、体験者はまずカメラごしにライブ映像を観てもらいます。体験者は最初あきらかに「本当」だと感じます。本当の目の前の映像なのだから当然です。しかし体験者本人が気を抜いている隙に、あらかじめ録画したものと切り替える。

 体験者は最初、「自分の手」を見ることで「ここが現実だ」という確証を得ます。その後、まわりを見回しているときにカメラを録画映像に切り替えてしまう。彼が見ている映像は録画なんですが、実際の映像だと思いこむ。体験者は不安になると自分の手を見る。それを、確認するために触るんです。

 ソニーと共同開発したのが、2012年ゲームショウで展示した「没入快感研究所」。アテンド役の女性が概要を説明してくれますが、そのうち女性は倒れ、ゾンビになって襲いかかってきます。映像が元に戻り、ほっとしたかと思うと、その女性もまだ録画映像です。体験者にはそれが「現実」だと確認してもらうため、女性の手に触ってもらいます。そこで「現実だ」と安心するわけですね。

 でも、そこで手に触れたのが別人であっても、体験者にはわかりません。


 VRはぼくらが何を見て、何を聴いているかを操作するもの。SRはぼくらが感じ、信じているものを操作するものです。本人が信じていれば、なんでもできます。現実とバーチャルはクオリティに差があるからちがいに気づきます。現実のほうが情報量が多いため、バーチャル空間と並べられると区別がついてしまう。だからSRの場合、逆に現実をビデオクオリティまで下げているんですね。

 しかしSRはお金がかかります。一般人からすると高すぎた。研究・軍事用でやっていたものは数千万円単位でお金がかかり、普通の人たちが楽しめるVRはありませんでした。そこに考えたのが「ハコスコ」です。スマートフォンを使えば基本的なSRができると思い、2014年5月に発表しました。

 考えたことは、デバイス、配信用アプリ、プラットフォームが連携しなければ価値が創造できないということ。VRが30~40年やってきて失敗してきたのは、その連携ができなかったから。技術優先で価値がつくれなかったんですね。その反省をもとに垂直型モデルをつくろうと考えて、2年間やってきています。

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