このページの本文へ

大谷イビサのIT業界物見遊山 第22回

身の回りの「シャドーPR」は三方よしに結実するのか?

ITの新しい価値を模索する2016年、記者と広報・PRの関係は?

2016年01月01日 13時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
edge

ITの知識だけではITの記事が書けない時代に

 IT記者の目から振り返ると、2015年は実にさまざまな変化があった年だった。まずは従来ITのビジネスを牽引してきたハードウェア系の発表会が露骨に減少したという点が挙げられる。オールフラッシュなどニーズに応じた多様化が進み、新興ベンダーが勢いを持つストレージ分野をのぞき、サーバーやネットワーク、セキュリティ系のハードウェアの発表会はきわめて少なくなった。従来ソフトウェアで実現されていた処理がワンチップ化され、性能面で一定のレベルを達成したことで、ハードウェア単体での性能やコスト削減訴求はすでに価値を失いつつあるわけだ。昨年はデータセンターの見学会もなくなったし、IaaSからPaaSレイヤーへの移行も明確になった。

 一方で増えたのは、クラウドとの連携や運用保守の自動化、OSSへの対応、IoTや機械学習など新しい価値の提案だ。2015年の発表会を振り返ると、おおむね内容が難しくなったというのが正直なところ。まさかNECの発表会で、配水システムの効率化について聞くとは思わなかったし、今年ブームだった機械学習やブロックチェーン、ドローンに関しても勉強不足を痛感した。

 今後、もはやITの知識だけでは記事が書けなくなってくるのは明確で、ITの記者にとっては大きなチャレンジになってくる。情報を発信する側のベンダーも、こうした新しい価値の訴求に悩みを抱えているのだろうが、2016年もこの傾向は顕著になっていくはずだ。

本格化しつつある「シャドーPR」に対して広報・PRは?

 こうした新しい価値の訴求において、ここ数年、PR・広報の分野で情報発信の形が大きく変化してきた。この2年、いくつかの講演やセミナーでオオタニが提唱してきたのは「SNSとコミュニティの普及で広報・PRは不要になる」という点だ。広報やPRを介さずに、記者が情報ソース(発信元)に触れることが可能になり、読者の求めるような現場感のあふれるコンテンツができるようになる。これを個人的には「シャドーPR」と呼んでいる。

 従来、メディアの記者は広報やPR会社からの連絡を受け、イベント取材やインタビューを行なうことが多かった。この場合、会社として統一したメッセージ性を外部にアピールできる一方で、製品やサービスの持つ本来の価値がマーケティング的なメッセージに覆い被されてしまう危険性をはらんでいる。記者の情報ソースが限定的・画一的であればあるほど、本来の価値を評価するのは難しくなり、ベンダーのメッセージを好意的にアピールするいわゆる“ちょうちん記事”になりやすい。もちろん、こんな記事は誰も読んでくれないし、媒体自体の価値も低下させる。ここらへんは、20年近くIT媒体に携わってきた記者にとって大きな課題であった。

 しかし、この数年SNSとユーザーコミュニティに触れてきたことで状況が大きく変わってきた。広報やPR会社を介さずとも、スタートアップの社長からSNS経由で取材の依頼が舞い込むようになり、ユーザーコミュニティに飛び込めば、他媒体の差別化になるような記事ネタがどんどん沸いて出てくる。2014年はまだまだ半信半疑だったが、2015年はSNSやユーザーコミュニティ発の記事が大きく増え、かつ成果も残すことができた。これは記者人生20年の中で、もっとも大きな変化と言える。

 もちろん「シャドーIT」がネガティブに捉えられるのと同じく、広報やPR会社をすっ飛ばして情報発信する「シャドーPR」も決してよいことだとは思わない。2015年は、現場発の記事を広報が後から“追認する”という場面がいくつもあったが、広報担当者にとってみれば「先に相談してくれれば……」と気持ちもあっただろう。本質的なには広報・PR会社が作りたいと考えるコンテンツが、現場で発信したい情報、記者(もしくは読者)が欲しがっているネタと異なっているのが課題であり、それらがきちんと一致していれば、近江商人的にみんなが満足できる状態だ。

 実際、先見の明のある広報やPR会社は、既存のPRのフレームに縛られない新しいストーリー作りにチャレンジしており、それらがオオタニの元に持ち込まれるようにもなっている。2015年うれしかったのは、こうした新しい情報発信やメディアとの付き合いが、スタートアップのみならず、エンタープライズベンダーにも拡がりつつある点だ。ASCIIでは、より価値の高いコンテンツ制作のため、2016年も現場の人たちと広報・PR会社との“共創”を目論んでいこうと思う。

カテゴリートップへ

この連載の記事
  • 角川アスキー総合研究所
  • アスキーカード