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プラットフォーム刷新に向けた決断とその次のビジネスを聞く

増改築からの脱却!ファーストサーバがサーバーを捨てるまで

2015年03月30日 07時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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2015年1月に発表されたファーストサーバの「Zenlogic」は、Yahoo! JAPANのIaaS型クラウド基盤を採用した新しいホスティングサービス。「サーバーを捨て、サービス業に事業転換する」という同社の決断の背景を代表取締役社長の村竹昌人氏に聞いた。

増改築からフルスクラッチへ!プラットフォーム刷新の背景

 クラウドの浸透に押されながら、旧態依然としたビジネスを続けてきたレンタルサーバー業界。この業界に大きな波紋を投げかける新サービスが、先頃発表されたファーストサーバの「Zenlogic」である。

 新サービスでは、「サーバーの区画貸しからサービス業への事業転換」「サーバーを捨てて、Yahoo! JAPANが提供するIaaS型クラウド基盤へ全面移行」「品質を高めながらサービス提供にかかる工数を1/5へ」などを謳い、圧倒的な革新性を打ち出してきた。過去の資産をある意味かなぐり捨て、すべてを刷新したZenlogic登場の背景には、2012年のデータ消失事故を乗り越えてきたファーストサーバの本気ぶりが浮かび上がってくる。

 サービスの前提となるプラットフォームの全面刷新に関しては、データ消失事故以前から構想はあったという。しかし、実際の移行までには至らなかった。ファーストサーバ 代表取締役社長の村竹昌人氏は、「現行のサービスもありましたし、ガラリと変えるとお客様も受け入れられないだろうという心配もあり、なかなか実現に踏み切れなかった。しかし、事故があり、過去のシステムのことは言ってられないと考え、移行を決断した」と語る。

ファーストサーバ 代表取締役社長 村竹昌人氏

 なぜ全面移行が必要なのか? これはサービスにインフラがヒモ付き、からみあった“スパゲッティープラットフォーム”になっていたからにほかならない。「サービスの企画を担当していたとき、お客様のニーズに応えたサービスを立ち上げようとすると、3ヶ月先、半年先という状態でした」(村竹氏)。増改築を繰り返し、各コンポーネントが複雑にからみあってしまっているがため、1つを変えるために、全部を変えなければならなかったアーキテクチャ。サービスを1つ追加しようとすると請求系システムなどの複数の周辺システムを大幅に変更しなければならなかった。こうしたしがらみから逃れるため、どこかで全部を刷新する必要があったという。

 新プラットフォームの構想は、2012年11月からスタートした。この時期はデータ消失事故の一次的な対応が終わり、再発防止のための抜本的な対策を開始した時期に重なる。最初は村竹氏のほか、Zenlogicプロジェクトを統括する辻野欣悟氏(Zenlogic事業推進部 部長)、サービスの開発を統括する藤原一泰氏(事業開発部 部長)の3人で、新プラットフォームのあるべき形を議論。3者とも「シンプルなアーキテクチャに全面リニューアルする必要がある」という意見で一致した。「現行のシステムを残してしまうと、残したモノに引っ張られる。新しいモノが本来の形で進められないという危機感があった」(村竹氏)とのことで、フルスクラッチの道を選んだ。

 この方針の元、親会社であるYahoo! JAPANに投資計画と顧客の移行について打診する。村竹氏は、「フルスクラッチなので、かなりの投資規模。しかも将来的には既存の顧客を新プラットフォームに移行させるというのが前提。両方とも大きい決断ではあるので、投資額にしろ、全面移行の期間にしろ、やや“マイルド”に相談を持ちかけた」と吐露する。

 しかし、これに対して親会社Yahoo! JAPANの返答は、「やるなら徹底的にやれ」という指示。村竹氏は、「一時的な投資を気にせず、本当にお客様のためになることをやってほしいと言われた。移行も投資もやや余裕を持たせた内容で考えていたが、それで運用コストは下がるのか? 事故は起こらないのか? と言われて、目が覚めた」と語る。こうした親会社の本気の支持を受け、ファーストサーバは乾坤一擲のプラットフォーム刷新に乗り出すことになる。

AWSすら候補に入ったクラウドインフラの選定

 今回のプラットフォーム刷新のポイントは、ファーストサーバ自体がインフラを持たず、Yahoo! JAPANのクラウドを採用した点だ。「インフラを持たないスタートアップがAWSで巨大なサービスを立ち上げている時代。自分たちでインフラを持つべきという意見は正直怪しくなってきた。こうした意見の中、フルスクラッチではなく、すでにあるインフラを使うという選択肢が出てきた。AWSすら候補には入っていた」(村竹氏)と語る。

 とはいえ、これに関しては社内でも議論があった。なにしろファーストサーバという社名で、長らく自社開発・自社運用のサービスを提供してきた会社だ。インフラにこだわりがないわけがない。しかし、少ないエンジニアを有効活用し、安定したサービス運用を実現するには、選択と集中が必須だった。「今の社内はまさに“兵站線が伸びきっている”状態。エンジニアのリソースをどこかに集中しなければならないのは理解していた。でも集中するのは、おそらくインフラではない。自社で作れないのであれば、サーバーを捨てるという決断をしなければならないと思った」(村竹氏)。

「今の社内はまさに“兵站線が伸びきっている”状態です」

 こうした選択の中で特に重視したのが、やはりコストだ。同社がメイン顧客とする中小企業においては、低廉な価格は絶対に外せない。その点、自社によるフルスクラッチやAWSなどの他社クラウドでは、こうしたコスト面での要件を満たすことができなかったという。こうした中、コスト面でのアドバンテージがあったのが、Yahoo! JAPANのIaaS型クラウド基盤を利用するというプランだ。

 もともとYahoo! JAPANは社内サービス向けのプライベートクラウドの開発を進めており、技術面でのノウハウも溜まっていた。事故への対応を通じて、ファーストサーバとYahoo! JAPANの技術者同士がコミュニケーションを強化するようになったこともあり、両者でクラウド時代のインフラのアーキテクチャのディスカッションが実現。コスト面でも魅力的だったこともあり、とんとん拍子で話が進み始める。

 こうしてファーストサーバ側のリクエストに応える形で、Yahoo! JAPANがクラウドインフラの構築をスタート。同時にファーストサーバ側がインフラの上位に当たるサービス基盤を構築し、ユーザー、契約・課金、問い合わせ、構成などの管理、プロビジョニング、カスタマーポータルまでをイチから作り始めた。村竹氏は、「増改築より、フルスクラッチの方が容易かと思っていたら、かなり難易度は高かった(笑)。インフラとサービスの基盤開発を同時に進め、同期させていくというのが大変だった」と振り返る。

Zenlogicのサービススタック

 完成したIaaS基盤は、最新のOpenStackをベースにした堅牢性とスケールメリットの高いインフラとなった。ファーストサーバが手がけた上位のサービス基盤は、システムの完全なモジュール化を実現し、柔軟な拡張が可能になっている。また、外部サービスとの連携も容易になっており、必要なサービスをAPI経由で柔軟に呼び出すことができる。ファーストサーバの社内エンジニアをサービス開発に専念させることで、サービスの改善や新サービスも立ち上げも迅速に行なえるようになったという。

(次ページ、今までのレンタルサーバーは機能を付けすぎていた)


 

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