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ソフトウェア工学の先駆者が明かす、手作り計算機時代の「創意工夫」体験

“日本初のハッカー”和田英一氏、黎明期のコンピュータ研究を語る

2014年04月04日 09時00分更新

文● 大森秀行

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 3月11~13日、東京電機大学千住キャンパスにおいて「第76回 情報処理学会 全国大会」が開催された。同学会の歴史特別委員会によるシンポジウムも催され、IIJイノベーションインスティテュート 研究顧問の和田英一氏が「『日本初のハッカー』の正体」と題した講演を行った。コンピュータの黎明期、日本の研究者がどのような“創意工夫”をもって開発に臨んでいたのか、和田氏の体験に基づいてつぶさに語られた。

黎明期の国産コンピュータ、パラメトロン計算機

 さて、和田氏については、現職の肩書きよりも“東大の和田研の先生”と紹介したほうが通りがよいかもしれない。日本のソフトウェア工学の先駆者として、情報処理の研究者でその名を知らない者はまずいないだろう。たとえ和田氏の名を知らなくとも、インターネットメールにおける日本語コードのベースとなった「JUNET漢字コード」や、TeXでよく使われる「和田研フォント」などを通じて、その業績の恩恵に預かっている人は多いはずだ。

IIJイノベーションインスティテュート 研究顧問の和田英一氏

 講演では1950年代、若き日の和田氏が所属していた東京大学理学部の高橋秀俊研究室で開発されたパラメトロン計算機を使い、和田氏がどのようなハックを行ったかという話が中心となった。

 まず、「パラメトロン計算機」とは何かを簡単に説明しておこう。現在のような集積回路がまだ存在しなかった1950年代、海外の研究機関では論理素子にトランジスタを採用した計算機が開発されていた。だが、トランジスタは単価が非常に高く、1台の計算機を組み上げるにはとてもコストがかかる。何とか安価に計算機を作れないものかと考え、高橋研究室の後藤英一氏が発明した論理素子が「パラメトロン(parametron)」である。

 パラメトロンはフェライトコアとコイル、コンデンサで構成されており、トランジスタよりもはるかに単価が安かった。したがって、これを大量に使ったパラメトロン計算機も安価に開発できたのだ。やがてトランジスタの低価格化により姿を消したが、パラメトロンは日本のコンピュータ黎明期の研究を支えた発明であった。

複数のパラメトロンを実装したパラメトロンユニット。手作り感がある(出典:一般社団法人 情報処理学会Web サイト「コンピュータ博物館」)

記憶装置なし、割り算のできない手作り計算機

 講演で和田氏がまず取り上げたのは、高橋研究室が開発していた「試作加減乗算機」で1956年に行ったハックだ。

高橋研究室の試作加減乗算機。左端に写っているのが後述するテレタイプ端末(出典:一般社団法人 情報処理学会Web サイト「コンピュータ博物館」)

 試作加減乗算機は、900個のパラメトロンで構成された計算機である。現在のHDDやメモリに相当する記憶装置はなく、あるのは「アキュムレータ(計算結果を一時的に保持するレジスタ)」が1つだけ。入力は「0」~「9」と「+」「-」といったボタンのみ、出力はブラウン管に表示される。

 その名が示すとおり、この計算機は足し算(加算)と引き算(減算)、掛け算(乗算)はできるが、割り算(除算)はできない。計算の手順は、まず掛け合わせる2つの数を順に入力して、「+」「-」のボタンを押し、また次の掛け合わせる2つの数を入力して……といった具合だ。掛け算した結果を足したり引いたりするので、「実際には『加減乗算機』よりも『乗算加減機』と呼んだほうが正しい」(和田氏)。

試作加減乗算機は記憶装置を備えておらず、ボタンで手入力された計算結果がブラウン管に出力される

 当時、別の実験に取りかかっていて計算機の開発にはタッチしていなかった和田氏だが、その実験が片付いたこともあり計算機を触ってみることにしたという。

 「これを使って何か面白いことができないかと考え、テレタイプと2台の紙テープリーダをくっつけることにした。紙テープリーダは電報局で使われていた機種で、そのうち計算機を開発したら使おうと研究室に置いてあった」(和田氏)

 テレタイプとは、遠隔地どうしで文字情報をやり取りする通信機(電信機)のことだ。タイプライタのような形の端末でキーボードを叩くと、その文字を示す電気信号が回線を通じて伝わり、相手側で文字が印字される。実用化後、作業効率の向上を目的として、ある改良が加えられた。オペレーターが入力した内容(文字列)をいったん紙テープに「記録」しておき、後からそれを連続的に送信するという改良だ。

 この紙テープへの記録は、1文字ごとに定義されたパターン(穿孔パターン)に従って穴を空ける方式で行われた。穿孔式紙テープの実物に触れたことがあるという読者はいないと思うが、「ガッチャマン」など昔の特撮映画やSFアニメでは、コンピュータから吐き出される紙テープを手にして、情報を読み取るシーンがよく見られた。あの紙テープである。

テレタイプとオペレーターのイメージ(写真は第2次大戦中の米陸軍部隊)。後ろの人物は紙テープの情報を“読み取って”いる

(→次ページ、2台の紙テープ装置を接続し、複雑な計算を自動化するハック)

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