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HDDの容量を飛躍的に増加! 熱アシストの正体とは?

2012年02月23日 12時00分更新

文● 近江 忠

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熱アシストにより今の10倍の容量を実現!
実は10年前から各社が開発?

図4 熱アシストにより、記録容量は飛躍的に増加する(TDK資料より)

―― ではこれからも同じように容量の増える曲線がこれからも維持されていくわけですね。その場合、最終的にはどれぐらいまで容量は増えるのでしょうか?

島沢 とりあえずは今の10倍とかですね、それくらいまでにはしていきたいと(図4)。

―― というと3.5インチHDDなら30~40TBですか。そこで聞きたいのですが、熱アシストというのは誰がいつごろ言いはじめた話なんですか?

島沢 話自体は古くからありましたが、本格的になったのは、2000年くらいにアメリカが1000万ドル、10億円以上を投資した国家プロジェクトを開始してからだと思います。

 そこに参加していたSeagateが2002年にデモをやって、記録の有効性を確認しました。このとき、「この技術を使えばHDDは50Tbits/in2は達成する」というアナウンスをしたので驚きました。日本でも、東大が主導する「NEDO」の国家プロジェクトがあり、こちらも大変な成果をあげて、2007年に「1Tbits/in2」というところまでいきました。

―― Seagateの技術はどんな形だったんですか?

島沢 このとき発表したのは、光をパラボラアンテナの形状をした素子で絞り込む技術です。100nm(ナノメートル)くらいまで光が絞られるようなものでした。レンズの延長のようなものですが、非常に微細でありつつ生産性も考慮されたものです。

―― 素子の大きさどれくらいなんですか?

島沢 サイズは数百~数十μ(ミクロン)といった小さいものです。厚さは1μ以下と記憶しています。それくらいの光学素子をヘッドに作りこんでデモンストレーションをしました。

―― 対してNEDOがやったのは?

島沢 レンズのように絞るのではなく、「近接場光学」というものを巧みに応用した「プラズモンアンテナ」という技術を使っていました。通常、光というものは物理現象として波長以下には絞れません。Blu-rayなどはディスク上の光のスポットで400nm(ナノメートル)程度ですが、あれは青色の光の波長がそれくらいだからです。DVDだと700nm程度です。近接場光学の面白いのは、その700nmくらいの波長の光を使いながら、50nmくらいの光が作れるというところにあります。

―― おお、それはすごい。そのあたりを詳しく教えてください。

図5:NEDOが使用したプラズモンアンテナのイメージ。HDDはこういった量子学の世界に突入して久しい

島沢 プラズモンアンテナとは、簡単に言うと、金でできた単なる微細な三角形です(図5)。ただし、厚みは数10nm、サイズは数100nmと非常に小さいです。ポイントは、三角形のサイズを光の波長以下にしておくことです。赤色レーザーの場合、大雑把に700nmくらいです。

 光というものは振動する電場と磁場でできています。よく偏光と言われますが、それは、電場の振動方向が1方向に揃ったものを言います。その振動方向を素子の軸に合わせて光を照射するのです。

 光を当てるということは、ある方向に高速に振動している電場を与えていることに相当します。すると金の中にいる電子がそれに釣られて運動をはじめます。そのとき、ちょうどその波長と、この形と、あと金というものが持っている物理特性などがマッチングした場合に共鳴を起こして、金の中の電子がワーッと動くようになります。この「ワーッ」がプラズモン共鳴という専門用語に相当するのですが、そうした「ワーッ」によって、金の先端から小さな光がポヤッと出るという仕組みです。

―― 金がそういった特性を出すのですか?

島沢 そうです。いったん金が光を吸収して、中で電子が一斉運動し、そのプラズモン共鳴によって光(電場)を放出します。この時に大きなポイントになるのが、三角形の先端をトガらせてやればやるほど小さな光になるという性質です。

―― では、そこの精度がすべてということになるのでしょうか。

島沢 それだけではありませんが、そこさえうまく作りこんであれば、700nmなんて波長の光を使いながら、50nmとか20nmとかそういうサイズの非常に小さなサイズの光をつくることができます(図6)。

図6 ちなみにHDDのヘッドとディスク面の間隔は10nmほど。小さいと言われるものを並べてみるとこんな感じになる

―― これがNEDOが開発したものということですね。

島沢 そうです、素晴らしい技術です。そして、1Tbits/in2デモの成功が日経新聞紙上で報じられたのが2007年7月です。しかし、記録/再生とかエラーレートを測ったってわけではなく、この素子を媒体に近づけて加熱して記録しました。それをMFM(Magnetic Force Microscope)という磁気パターンだけ観察する特殊な顕微鏡の「磁気力顕微鏡」で確認した、という内容であることを後で知りました。

―― そこで御社です。TDKはその後どうしたのでしょうか?

島沢 本当はその部分を色々とお話したいのですが、今日は概略だけでご勘弁下さい。まず、米国および日本の国家プロジェクトと異なる部分として2つポイントがあります。1つはプラズモンの話と関係があります。光を近接場光の技術で50nmとかに絞り込む訳ですが、ここになかなか難しい課題があります。

 通常、レンズで光を絞る場合、光がレンズを通るときは、レンズは透明なので損失はありません。普通にガラスを抜けるように光は通っていきます。一方、プラズモンアンテナの場合は、ある意味、金属でできた微小レンズみたいなものなのですが、通常のレンズほど効率は良くありません。つまり、入れたエネルギーが100%小さな光として出てくるわけではなく、電子が振動する過程で熱に変わったりするんです。そして、素子のサイズはレンズに比べるとものすごく小さい。従って、媒体を加熱する為の素子が、媒体を加熱する前に自己発熱で加熱されてしまいます。

―― 自分で溶けちゃいそうですよね。

島沢 最悪のケースでは、そういうことも起り得ます。我々は「独自の構造」を検討しており、この場合には素子の発熱も抑えられるので大丈夫ではないかと期待しています。

図7 TDKが開発したレーザー発生装置を組み込んだヘッドの模式図。(TDK資料より)

 もう1つ重要な課題がありまして、それは、光源をどこに置くかということです。HDDの中で、磁気ヘッドはシーク動作によってかなり高速にカチカチ動きますし、かつユーザーさんは使用時に多少の衝撃は常に与えるわけです。そういった衝撃に耐えながら媒体とわずか数nmの幅を保つバランス感覚が大事です。そうなると、必然的に磁気ヘッドの周囲にはよけいなものを付けたくないんです。

―― 付けるとやっぱりバランスが悪くなるんですか。

島沢 はい。日米ともに国家プロジェクトのデモンストレーションでは、レーザー光を外から入れていたんですね。LD(レーザーダイオード)チップをヘッドに搭載するのが難しくて棚上げしたのか、そういうシステムでHDDを作ろうとしていたのか。いずれにせよ、それをHDDとして使うのは難しいと思いました。というのは、ヘッドというのは、記録と再生の為の素子が組み込まれたスライダーというチップが、板バネであるサスペンションに張り付いた構造をしています。スライダーはスペンションに覆われており、大半は陰に隠れています。

―― CEATECで出していたヘッドの写真では、どこがスライダーになるのですか?

島沢 先端の黒い部分で、サスペンションに覆われているところです。そして、HDDの中では媒体のディスクが何枚も重なっているので、やはり陰になっている。その合間をぬってスライダーにレーザー光を届けるには、ミラーなんかで導いてやらなければいけない。しかも、ターゲットであるスライダーは高速でシーク動作している状態です。デモンストレーションでは陰もシーク動作もないから良いのですが、実際には狙い撃ちしようにもすごく難しいわけですよ。ゴルゴ13でも狙い撃ちするのは無理だろうと思います。

 もちろん、レーザーを直接搭載すれば解決できるわけですが、制約だらけでどうにもならない。そんな中、ある日、明け方の4時くらいだったと思いますが、突然目が覚めてパッとあるアイデアが浮かんだんです。こうすれば乗せられると。しかし、その方式の妥当性を検証するにしても、それなりのレベルのサンプル試作が必要で、それ相応の設備が必要となります。

―― それでどうされたのですか?

島沢 幸い、そのようなチャレンジに対して前向きな経営判断をいただき、設備投資に許可をいただくことができました。そして、専用のレーザーチップも必要になってしまったので、そのようなチップの開発をお願いするために、(TDKの)上釜社長と一緒にレーザーメーカー様を訪問したこともあります。当社は社長を始めとして、チャレンジ好きが集まっている会社なのです。こんな社内風土の後押しもあり、他とは一味違う近接場光素子と、レーザー直接搭載構造のヘッドという2本の軸ができあがりました。

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