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「パソコン通信ナイト!!」で80年代黄金期を振り返る

パソ通からニコ動まで、日本のネットは“同じことやってる”?

2011年08月08日 18時00分更新

文● 盛田諒/ASCII.jp編集部

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 8月4日、お台場・東京カルチャーカルチャーでトークライブ「懐かしインターネット~パソコン通信ナイト!!」が開催された。内容は80~90年代パソコン通信や電子会議室がメインテーマのドロドロに濃いトークライブ。当サイトでもおなじみのライター・林信行さん、アスキー総合研究所の遠藤 諭所長、そしてネットでは「切込隊長」で知られる山本一郎さんの3人がメンバーだ。

 当時の状況がしのばれながら、「どうも日本のオンラインカルチャーはパソ通時代から、もっと言えばアマチュア無線時代からやってることが変わってないらしい」ということもよく分かる内容だった。そんなトークの模様を紹介したい。ちなみに山本一郎さんは完全に遅刻して、最後の10分間だけ登場となった。

オレら勝手にやっていいパソ通

―― 初めはパソコン通信を始めたきっかけについてですが。

 まず電電公社の民営化。それまではメールさえできなかったわけです。第三者にデータを預けていたのが、NTTになったおかげでパソコン通信が“合法”になって。

遠藤 それまではポータブル端末も“違法”だったんだよね。

 あとはモデムですね。サン電子が出したモデムが3万9800円くらいで安かったんですよ。これなら学生でも買えるというので始めたのがきっかけだったと思います。

トークライブの模様。中央が林信行さん、右が遠藤諭さん。山本一郎さんは遅刻している

遠藤 そこにオンラインゲームの話とか出てくる?

 そう! Play By Mailとか、Mega Warsとか。ゲームといっても、メールでやるゲームとかだったんですけど。

遠藤 ぼくは1985年アスキー入社なんですけど、じつはアスキーネットの実験サービスが始まったときでして。もともとアスキーは各編集部間にネットワークがあって、みんなメアドを持ってたんです。そこにパソコン通信が出てきた。堅めなネットワークの中で、「オレら勝手にやっていいパソ通」みたいな感じで。もちろんそれまでも草の根ネットワークはあったんだけど、すごく盛り上がってましたよ。林さんは?

 ニフティを始めたのは、アスキーに原稿を送るためだったんです。アメリカで大学生をやっていた1990年の夏休み、当時のMacPower(編集部)でバイトすることになったんですよ。「アメリカにはAOLっていう面白いサービスがあるらしい」ってとき。それで一週間くらい日本にいたときニフティを使ってたんです。当時、CompuServeとニフティが提携していて、ゲートウェイサービスってのをやってたんですよね。それでCompuServeからニフティのサービスに入ってたわけです。

GOコマンドについて話す林さん

遠藤 アスキーネットから行くときは「GO SCIS」?

 「GO CIS」ですね。

遠藤 なるほどね。90年くらい当時は国内でも本当にいろんなパソコン通信があったんだけど、アメリカだとグラフィック(GIF)を使ったものとか、もっと進んだのもありましたよね。

 ぼくはAOLがきっかけでMacPowerに書きはじめたんですけど、一回アスキーがAOLを買収しようとしていたとかそういう話もまことしやかに聞いたことが……。

遠藤 いやいや、まあそういう話はすぐ出てきがちな頃でしたから……。

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