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【所長コラム】「0(ゼロ)グラム」へようこそ

日本人がコンピュータを作った!

2010年06月09日 06時00分更新

文● 遠藤諭/アスキー総合研究所

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渡邊和也氏とTK-80
完成品の『TK-80』を掲げる、開発者の渡邊和也氏

 1996年に刊行した『計算機屋かく戦えり』という本を再構成して、新書として出すことになった(アスキー新書日本人がコンピュータを作った!)。新書編集部のHさんから最初に企画を聞いたときには、「なぜ?」と思ったが、原稿を校正しているうちに「いまこそ読んでほしい本だ」と気がついた。

 日本のコンピュータは、米国よりも10年遅れて動き出す(ENIACが1946年、日本のFUJICが1956年である)。その間に、米国プリンストン高等研究所の「ISA計算機」の設計が公開されて、世界中でそのコピー機が作られる。しかし、オキュパイド・ジャパンの日本だけは蚊帳の外だった。

 そんな状況で、日本はどうやって「コンピュータ」というまったく新しい技術をものにしたのだろうか。

 『計算機屋かく戦えり』は、日本のコンピュータのパイオニアたちのインタビュー集だが、どちらかというと専門家や技術史の読者向けの本だった。それに対して、今回の新書では、具体的にコンピュータを作った10人に絞って掲載することで、一般のビジネスマンにも読んでいただきたい本となった。

 つまり、新書では原書の半分以下のボリュームになっているのだが、今回新たなインタビューも追加している。2005年に『計算機屋かく戦かえり』の新装版を出したときに、シャープの佐々木 正氏のインタビューを加えたが、今回は、NECで「TK-80」の責任者をつとめた渡邊和也氏のインタビューも収録させていただいた。

 なぜ渡邊氏かというと、'80年代に日本は家電製品や自動車・産業機器で世界を席巻するが、その背景でマイコンが重要な役割を果たしたのではないかと思えたからだ。「マイコン入り」や「全自動」といったジャパン・マジックが、世界第2位のGDPを演出した部分があったのではないか?

 そこで、第一次マイコンブームを巻き起こすきっかけとなった、TK-80の担当者の話をお聞きしたくなった。マイコンがいろんな分野で使われた背景には、マイコン以前の1950~1970年代に、手頃な国産コンピュータが浸透していったという下地があったのではないだろうか。

『日本人がコンピュータを作った!』
アスキー新書『日本人がコンピュータを作った!』

 新書のタイトル、『日本人がコンピュータを作った!』には、いささか無理があるのではないかとも思われたかもしれない。これは、1996年の『計算機屋かく戦えり』の刊行時に、ほとんど瞬間的に付けた“帯”の文句だった。「日本人がコンピュータを作った?」「それはないだろう」という指摘も受けそうである。

 しかし、シャノンに先行してコンピュータの論理回路の理論を打ち立てたのは、日本電気の中島 章・榛澤正男の両氏である。日本の最初期のコンピュータ開発者は、日比谷にあったGHQの図書館に届く雑誌記事などが唯一の情報源だったといわれる。ところが、まったくの手作りで富士写真フイルム(当時)の岡崎文次氏が作った日本最初のコンピュータ「FUJIC」から、IBMも特許を買っているのだ。

 世界最初のマイクロプロセッサである4004の開発者でありながら、公式に記録されなかった嶋 正利氏も、1998年という20世紀の終わりギリギリになって、米国半導体誕生50周年記念大会で「Inventor of MPU」(マイクロプロセッサの発明者)を受賞している。

 たしかに、日本人がコンピュータを作ったと思うのだ。


『日本人がコンピュータを作った!』に登場する
先達たちの金言の数々

喜安善市氏
「当時の日本には、《コンピュータはしょせんは学者の研究対象にすぎず、日本で実際にコンピュータを普及させるなんて無理だ》という考えが底流にあったんですよ。経済は苦境でしたし、ハイテク技術は海外依存でしたから」
和田 弘氏
「情報処理学会を作ったとき、みんなが計算機学会とい名前にするというから、情報処理という名前にしろといったんです。だって、計算しかできない計算機なんてゴミですよ」
山本卓眞氏
「当初しばらくはFACOMの開発は何億という大赤字を出し続けていました。そんななかで、社長の岡田完二郎さん、重役の尾見半左右さん、直接の上司の小林さんなどは、うじうじしたことを一言もいわず、池田さんを次々と大きな仕事に挑戦させていったんです」
平松守彦氏
「田中角栄氏に、世界のコンピュータのシェアはIBMがこれくらい、日本はこれくらいで、これからの電子計算機の伸び率はこうなると説明するとすぐにわかってくれて、名刺にさらさらと『電算機特別会計をよろしく』と書いて、これを大蔵省に届けろといってくれました」

 今回、新書版としてすべてのインタビューを読み返し(結果的にその一部だけを収録することになったわけだが)、ここでは書ききれないたくさんの言葉と再会するのは、興奮を覚える作業だった。新たに行なった渡邊和也氏へのインタビューでも、たくさんの意味のある言葉を書き留めることができた。

渡邊和也氏
「革新的な市場が登場してくるときは、関係者の8割の人が反対しているくらいのときが、絶好のタイミング。既成概念にとらわれてはいけない。とらわれていると、新しいものにはなかなか繋がらない」

 この本に書かれていることは、今から50年以上も昔~約35年前までに起きた出来事なのだが、どれをとっても、たった今の日本のビジネスに当てはまる。日本人のイノベーションのひとつのかたちが、ここにあると思う。

 『日本人がコンピュータを作った!』(『計算機屋かく戦えり』改訂・再編集)の元になったインタビューは、『月刊アスキー』の創刊200号の年に、26回の連載として毎月掲載したものである。


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