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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第2回

文化通信・星野編集長に聞く

「出版」=コンテンツベンチャーの理念に立ち返れ

2010年04月16日 13時00分更新

文● まつもとあつし

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出版社は「メーカー」、その原点に立ち返るべき。

 電子出版の本格化が迫っているが、既存の紙・書店流通の分野ではまだできること/やるべきことが多いということが星野氏のここまでの話から見えてくる。一方で、元・時事通信編集委員の湯川鶴章氏が提唱する「周縁が終焉を加速する(※)」という状況に、出版業界もさらされることも間違いないところだ。出版社はどう行動すべきなのか?

※湯川鶴章氏が自著『次世代マーケティングプラットフォーム』で提唱した概念。次世代技術は往々にしてコアとなる従来技術の周縁で誕生し、急速に拡大する。最初は丸い円を構成する従来技術の周縁に薄く存在するのみだが、その周縁が急拡大し、あたかもドーナツのように彼我の面積が逆転することを指す。

――「フリーミアム」戦略が、出版界で一種ブームとなっています。例えば角川歴彦氏も『クラウド時代と<クール革命>』を期間限定で無料公開しました。こういった戦略は他の出版社も採るべきなのでしょうか?

書籍の分野でもフリーミアム事例が増えている。角川歴彦著『クラウド時代と<クール革命>』(角川oneテーマ21)は、発売前に特設サイトで全文公開を行なった

星野 Amazonでランキング上位になるという効果はあると思います。話題性の喚起やこれまでこういった書籍を手にすることがなかった層にも訴求するということは期待できるのでしょうね。

 それよりも重要なのは、出版社がフリーミアム戦略を採るということは、いわば自ら書店を運営する立場に近づく、という点です。つまりそこでは、マーケティングスキルが問われることになると思います。

 『FREE』においても、これまでそういったプロモーションをあまり行なってこなかったNHK出版さんが、インフォバーンさんのPR協力のもと、Twitterなどのツールをフル活用して成功を収めました。

 書店の棚と違い、ネットでは画面に表示されている商品以外ユーザーからはほとんど見えません。書店にあるような「偶然の出会い」が期待できないのだから、プロモーションをきちんと行なう必要があるわけです。

 従来、多くの出版社は新刊を作って配本したら終わり、というケースがままありました。しかし、これからは欧米のように、半年前にはサンプルを完成させ(※国内の例では2日前に見本誌が持ち込まれることもある)、プロモーションに予算と時間をかけて、出版社自身が市場の形成に取り組むということが求められるようになるはずです。

 考えてみれば、出版社の本質は「メーカー」です。他の業種で当たり前であるように、「マーケティング」も実践できなければならない。取次システムに依存して何とかなっていた時代は終わりつつあることを「フリーミアム」ブームは教えてくれているのかもしれません。


フォーマット/プラットフォーム戦略に勝機はあるのか?

――日本電子出版協会がEPUB(ibooksなどが採用する電子書籍フォーマット)に対して、縦書きやルビ対応などを要求する動きがあります。次世代の電子書籍フォーマットも欧米陣に主導権を握られている状況ですが、こういった日本の要求は通るものなのでしょうか?

星野 実は文字を縦組みにするのは世界中を見渡しても日本だけなんですね。韓国も完全に横書きに移行しました。ですから、「(縦書きで電子出版をやりたいなら)日本の独自フォーマットを自らのコストでやるべき」という反応が返ってきてしまうかもしれません。

 個人的には、仮にアジア圏で意思統一するのであれば、電子書籍は横組みでもいいのではないかという意見です。そうすれば、コミックを翻訳する際に起こる“ページ送りが逆になってしまう”問題も解決されます。こういった部分でもパラダイムシフトが求められているのではないでしょうか?

iPadをはじめとしてEPUB形式を採用する電子書籍リーダーは多い。日本電子出版協会が提出した日本語拡張仕様案では、縦書き/禁則処理/ルビの三点を考慮するよう要求している


書店は「駅前の最後の一店になれるか?」が勝負

――電子書籍の販売プラットフォームが米国主導なのも問題意識としてあります。取次と書店はこれにどう対応していけばよいとお考えでしょうか?

星野 取次については、先ほどお話ししたように、正直まだ模索が続いている状態だと思います。

 書店は「駅前の最後の一店として残れるか?」が問われます。

 現在、日本には書店が約1万4000店ありますが、これは欧米と比べても数倍多い数字なので、淘汰が進むのはやむを得ないところです。出版社が「メーカー」であるならば書店は「小売業」が本質です。サービスを売る、他の商材を売るなどまだまだやれることがあるはずですね。

 帰りについつい寄ってしまう駅前の本屋さんってあると思うんです。何か目当ての本があるわけではないけど、なんとなく面白いものがありそう、トレンドが分かるといったお店であれば、電子出版時代にあっても生き残ることができるはずです。

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