打ちやすさのカギは
「タクタイル」
タクタイルとは簡単に言えば、「キーを押したという感触」だ。実はキー入力に慣れた上級者にタクタイルは必要ない。キーを軽くすればするほど入力速度が速くなる。しかし、キーボードに不慣れな初心者にとっては、キーを押した際にまったく抵抗がないと、どこでキーが入力できたかの判別が難しく不安感につながる。
また、必要以上に強い力でキーのスイッチを押す「底打ち」と呼ばれる状態を、触感によって防ぐ必要もある。すでにスイッチが入っているのにキーを押し続けることは動かない机を無理矢理押すようなものだ。ThinkPadのキーボードの重さは機種を問わず50~60g程度に設定されているが、指で机をコツコツと叩くとそれだけで200g以上の力になる。底打ちでいかにムダな力がかかるか分かるだろう。
タクタイルの調整はラバードームの形状の変更で行われる。コラムの図6、7は、キーの移動量とラバードームにかかる力の関係を示したグラフだ。キーを押していくと、ある圧力でラバードームが変形し、キーが移動し始める。このキーが動き始める圧力を「初圧」という。初圧がかかりキーが動き始めると、今度は比較的軽い力でキーを動かせるようになる。そして、ラバードームが完全に潰れ、底打ちの状態になることで再び圧力が増える(=強い力をかけてもキーが移動しなくなる)。
タクタイルの調整は、この「重い」→「軽い」→「重い」という圧力の差を、キーをどこまで押し込んだタイミングで感じさせるかという作業である。初圧を過度に高くすることは疲れの元だが、とにかく小さくすればいいというものでもない。初圧があまりに小さいと、本体を持ち運んだり、ホームポジションに軽く手を添えただけでキーが入ってしまうからだ。
「キーを押した」と分からせるためには、ある程度初圧を高くし、その後は軽くキーが移動するようにして圧力差を感じさせたほうがいい。初圧の段階が過ぎて、キーが移動し始めると、あるポイントでラバードームが潰れきってキーが押されたと認識される。人間はクリック感を感じると、無意識にブレーキをかけはじめる。
ラバードームの弾性を利用したキーボードは性質上、常にこの曲線に沿った動きをする。しかし、心地よいフィーリングは常に数値や理論に沿って得られるわけではない。IBMのキーボードが優れている理由は、この難しい問題に対して常に手を抜かずあくまでも真摯な姿勢で取り組んでいることに尽きる。
キーボードの構造とキーボードの力曲線
写真i キートップを外して、ラバードームとパンタグラフを露出させたところ。 |
キーに力を加えると、ある力をかけた段階(グラフ上のA点)で、キーストロークが変化し始める。この変化を開始する時点で加わっている力が「初圧」だ。その後キーに力を加え続けると、B点をピークにして一度圧力が減衰する。このB点は、ラバードームの周囲(肩の部分)が変形し初めるポイントである。そのままさらに力を加え続けると、内側の突起がメンブレンスイッチに接触。キーが押された状態になる。
このキーが認識されるポイントがC点だ。この時点で、ラバードームはほとんど潰れている。その後もキーを押し続けると底打の状態となり、指にかかる力が急激に上昇する。キーから指を離すと、このグラフのカーブにほぼ近い形で自然にキーの位置が元に戻る。キーボードをタイプする力が強い人ほど、このグラフの右肩があがることになり、それだけ手に余分な力がかかって疲れやすくなるということも、このグラフから読み取れる。
図6 キーにかける力とストロークの関係からタクタイルが分かる。 |