良いキーボードの三個条
IBMが考える良いキーボードの条件とはズバリ、
- 打ち続けても疲れないこと
- 速く打てること
- 入力ミスをしにくいこと
──である。
しかし、この条件を満たすキーボード設計の「秘訣」は存在しない。快適な入力ができるキーボードを作るためには、結局のところ1機種ごとに徹底したキーボードの最適化を行う以外ない。複数のユーザーによる徹底したユーザビリティテストを行い、試行錯誤でキーボードの微調整を行う。そういった泥臭い作業を経て打ち心地のいいキーボードが世に送り出される。
「最適化する」と書いたが、設計メーカーとしてキーボードに手を入れられるのは、
- レイアウト
- 寸法
- フィーリング
の3点しかない。
(1)のレイアウトとは文字どおり、キー配列のことである。ThinkPadシリーズでは伝統的にデスクトップ機(OADG配列)を意識した縦7段(7RAW)のキー配列を採用している。これは、ユーザーがデスクトップから簡単に移行できるようにしたためだ。過去の製品では、省スペース化のため縦6段の配列を採用した「ThinkPad 240」のようなモデルも存在したが、後継機種で再び7段配列が復活した。IBMはこの基本的なキー配列を遵守してきた。
(2)の寸法は「キーピッチ」「キーストローク」「キートップの厚さ」などを指す。キーピッチやストロークに、ある一定以上のサイズが確保されていないといけないのは容易に想像が付くだろう。キートップに関してもそれは同様だ。
キーボードを薄くする最も安易な方法はキートップを薄くすることだ。しかし、キートップが薄くなりすぎると、キーの間にツメが引っかかりやすくなり、操作性を大きく損なう。これを避けるためには最低でもストロークの70~80%程度の厚みを確保しないといけない。ThinkPadの場合、ストロークは2.5~2.8mm。キートップは2.5~2.6mm程度に設定されている。
最後のフィーリングとは、キーの打ち心地のことだ。これには適度なタクタイル(クリック感)と打ち続けても疲れない「軽さ」が必要だ。ThinkPadでは、キーの重さをほぼ一定の範囲に設定しているが、こういった客観的な数値とは別に、底面の硬さやキートップがぐらつかない点なども重要である。特に前者は筐体構造や底面の材質などからも変わってくるため、同じキーボードを採用していても同じ打ち心地が保証されるわけではない。
ユニバーサルデザインを意識したキートップの形状
IBMのキーボードへのこだわりはキータッチだけでなく、キーそれぞれの形状にまで及んでいる。例えば、上下左右のスクロールキーは、手元を見なくてもほかのキーと判別できるよう、上に出っ張った凸形状(カマボコ型)になっている(「スペースバー」「無変換」「変換」などもそうだが、こちらは親指で押しやすくするためだ)。しかし、健常者には便利な工夫も、口にスティックを加えてキーを押さないといけない手が不自由な人々には必ずしも歓迎されない。スティックが滑って上手くキーが押せなくなるからだ。そこで、最近の機種ではスティックでもキーが問題なく押せるようにキートップに突起が設けられている(写真e)。このように「ユニバーサルデザイン」を意識した工夫もなされているのだ。
また、キーボードを外してよく眺めると、底板の手前部分が少しせりあがっているのがわかる(写真f)。PCを使っている最中に飲み物をキーボードにこぼした経験のある人もいるかと思うが、これはそんな失敗に備えるためのものだ。本体を手前に傾けることでこぼした液体を外に流し出すことができる。キーボードの裏面も、なるべく水が基板上に入り込まないように、シールドされている。これはあくまでも応急処置で、本体の故障を100%防止できるわけではないが、非常時に少しでも本体が故障する確率が低くなるように、という配慮なのだ。