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産業の好循環集積回路で、関西にIT産業集積地域を。大阪・南船場の可能性を探る

2000年03月28日 00時00分更新

文● 服部貴美子 hattori@ixicorp.com

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去る27日に、(財)大阪地域振興調査会、および大阪都市経済調査会の共同主催により、“都市型新産業集積の現在と未来”と題するセミナーが行なわれた。これは、新産業を次々に創出した“元気な都市”という大阪元来の活気を取り戻し、経済復興をめざすための政策を考えていこうという試みである。会場は大阪市中央区のマイドーム大阪。

司会進行役を務めたのは、(株)DAN計画研究所、代表取締役の吉野国夫氏司会進行役を務めたのは、(株)DAN計画研究所、代表取締役の吉野国夫氏



セミナーの冒頭で挨拶をした、大阪市立大学名誉教授の川島哲郎氏は、(財)大阪地域振興調査会会長と、大阪都市経済調査会副会長を兼任している。長い歴史を持つ2つの調査会が、合同主催でセミナーを行なうのは初めてだが、「今後も、このような催しを継続し、大阪の産業を活性させていきたい」と語ったセミナーの冒頭で挨拶をした、大阪市立大学名誉教授の川島哲郎氏は、(財)大阪地域振興調査会会長と、大阪都市経済調査会副会長を兼任している。長い歴史を持つ2つの調査会が、合同主催でセミナーを行なうのは初めてだが、「今後も、このような催しを継続し、大阪の産業を活性させていきたい」と語った



集積利益が大きい“情報系新産業”

まず、プログラムの前半は、大阪市立大学経済研究所の小長谷一之助教授を講師に招き、米国での都市型新産業集積の動向について基調講演が行なわれた。

2、3年前から日本でもIT革命の動きが高まり、ハード関連を中心としたシリコンバレー周辺の情報が、書籍や雑誌を通じて紹介されてきた。しかし、小長谷氏は次のように指摘する。「現場の様子は伝わらない。実はシリコンバレーは、“one of them”にすぎない。ハードやOSよりもコンテンツの持つ付加価値が高まっている情報産業の現状に、ミスマッチしている」

そして、ニューヨークの“シリコンアレー”とサンフランシスコの“マルチメディアガルチ”の共通点から、日本でのIT産業の集積地域誕生の可能性について探った。「まず、比較的地価が安く、かつ都心にも短時間で移動できるポケット的な空間であること。次に、若者やアーティストが集まる地域であること。たとえば工場跡地や倉庫など、古い産業スペースを安い不動産物件として再利用できる環境があること。最後にそのままデジタルコンテンツに移行しやすいルーツ産業を持っていること――が条件」と述べ、これにマッチした日本の先行事例として渋谷のビットバレーを挙げた。

小長谷氏は、後のケース紹介で登壇した富沢氏とともに『マルチメディア年の戦略-シリコンアレーとマルチメディアガルチ』(東洋経済新報社)をまとめた小長谷氏は、後のケース紹介で登壇した富沢氏とともに『マルチメディア年の戦略-シリコンアレーとマルチメディアガルチ』(東洋経済新報社)をまとめた



情報系産業は全世界をマーケットととらえているため、これまでのサービス業にあった空間競争(近隣に同業者がいると、パイの奪い合いになる)がなく、“同業種集積”が起こりうる産業である。「クリエーター、プログラマー、マネージャーという人的3要素が揃えばベンチャーが成り立ち、そうしてできたベンチャー企業同士が、アイデア、人材、仕事を共有化することで、大きな利益を得る」(小長谷氏)。あとは、勝ち組が勝ち続けるという正のフィードバックが起こるというわけだ。

渋谷は、情報系産業が育つ地盤が揃っていたことによって、いわば“自然発火”の形でIT産業の好循環集積回路が完成した一例。“ビットバレー”という愛称を付けたことで、地域認識(ブランドイメージ)が定着した。人が人を呼び、同業者同士の出会いやベンチャーキャピタルなどの投資家との出会いが、大きなビジネスチャンスへとつながったのである。

小長谷氏は、「このままでは、東京に人材が流出してしまう」と警鐘を鳴らした上で、「大阪は、日本一のクリエーター、デザイン産業の集積地であり、そういう意味では爆発の一歩手前の状態にある。あとは、文化と産業経済を結び付け、お金に換えていく仕組み作りが必要である」と述べた。

生まれ変わった“シブヤ”と“南船場”

小長谷氏が新産業の育つ基盤として上げた条件をクリアーしているのが、東京の“シブヤ”と大阪の“南船場”であろう。社会基盤研究所の富沢木実氏は「漢字で渋谷と書かないのは、いわゆる行政区の渋谷区でもなく、また渋谷駅というターミナル周辺地域を指すものではないから」と説明した。

恵比寿や代官山、青山といった地域までを含めた“シブヤ”には、放送局をとり囲むように音楽スタジオや番組制作会社などのアナログコンテンツを供給する環境が充実しており、かつ雑居ビルなどの安価な不動産や、国道246号線の地下に走る光ファイバー網というインフラも整っている。

さらに富沢氏は、「ビットバレーで集まってきた若い人材に、先輩起業家たちが場所を提供し、ノウハウを伝えるといったケースや、マザーズなどの株式市場から調達したお金から新会社を作る、近隣に会社同士が連携によってスピーディーにビジネスを立ち上げていくといった“ボジティブフィードバック”が働き始めている」と報告した。

富沢氏はインターネットビジネスを中心としたレポートを多数発表している富沢氏はインターネットビジネスを中心としたレポートを多数発表している



一方、(株)DAN計画研究所の宮尾展子氏は、シブヤとは違う魅力を持つ大阪の街として南船場の事例を紹介。材木問屋の町であった南船場が、今ではデザインや写真、広告制作の会社がひしめく地域となっている実情をマップで示しながら「オーガニックビルのようなランドマーク、浜崎健氏のようなキーパーソン、アマークドパラディのような飲食店や個性派ショップが同居して、町全体がサロンとなっているのが南船場のカギ」と分析した。

ここ1、2年の間に、ファッション系の大手資本が参入してくるなど、全国レベルでも注目度は高まっており、「アクアガールのように、セレクトショップの象徴としての南船場からスタートし、有名になって心斎橋へ進出していくという流れもできている」。しかし、あくまでも南船場の“匂い”や人のつながりはそのままに保ち、「ショップを出したい若者たちのゆりかごであり続けて欲しい。隣の四ツ橋地域に、情報系企業が集まってきており、近くからサポートするような形態になるのでは?」とシブヤとの違いを述べた。

毎週のように南船場を歩いてリサーチしたという宮尾氏
毎週のように南船場を歩いてリサーチしたという宮尾氏



行政主導型ではなく、自然発生的な動きをサポートする

最後は、(財)大阪地域振興調査会理事の高田光雄氏、南船場で人気の書店を経営している(株)メメックスの代表取締役、安岡洋一氏を加えて、パネル討論会が行なわれた。

高田氏は、京都大学大学院工学研究科の助教授でもある高田氏は、京都大学大学院工学研究科の助教授でもある



高田氏は、上本町周辺地区で検討されているコミュニティーネットワーク構想を解説。安岡氏は、2月に発売となったクリエーターズ雑誌『water planet』の“水の中に書籍を入れて発売する”という手法に、東大阪の町工場の技術が生かされているというエピソードを紹介した。

「南船場は、市場は耕されていないものの、ダイヤモンド(人材)はある。ここで育ったアーティストの発想が、大阪に昔からある産業とマッチングしたり、ほかのクリエーターたちと協力することで、新しい事業につながっていく可能性は高いはず」と述べた。自社の書籍販売のビジネスも、アパレルやインテリアなどとのコラボレートを検討中のようだ。

安岡氏は、空間デザイナー間宮好彦氏との出会いから、築35年という材木置き場に、欧米風のディスプレイを採り入れた輸入書中心の書店を作った経緯についても語った
安岡氏は、空間デザイナー間宮好彦氏との出会いから、築35年という材木置き場に、欧米風のディスプレイを採り入れた輸入書中心の書店を作った経緯についても語った



安岡氏の発言を受けて、「東京と大阪では産業が育つ速度も温度も盛り上がり方も違う」(富永氏)。「最近は、東京コレクションを飛ばして、パリコレを狙う大阪のデザイナーも登場してきた。活動の中に情報通信を生かすことで、世界に発信していく動きが高まっていくはず」(宮尾氏)といった意見が交わされた。

また、高田氏は、「大阪に限らず、関西の都市には歴史や文化があり、情報の中身(コンテンツ)となりうる資源が豊富である」と指摘。そうしたシーズやアイデアを産業へと発展させるのがITの力であるが、パネラーたちの意見は「行政主導型では、若者がそっぽをむく」、「シナリオを作って盛り上げようとするよりも、自然発生的な動きをサポートする姿勢や協力者(例えば家主など)の存在が大切」という点で一致した。

大阪・南船場のもつ独特の空気や匂いといったものを、IT技術と人的ネットワークとの力で、どこまで生かしていけるかが、今後の課題となりそうだ。

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