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「護衛艦のような島のITインフラ」から「海洋デジタルツイン」まで、地域活性化を実践する米田利己氏に聞く

長崎県対馬、歴史ある国境の離島は「デジタル実験の島」になっていた

2023年09月04日 09時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp

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清水山城跡(国指定史跡)より、厳原(いづはら)港と市街を望む

 長崎県の対馬(対馬市)は、九州本土から130kmほど離れている一方で、韓国・釜山とはわずか50kmの近さにある「国境の島」である。その名は古代の「古事記」や「日本書紀」にも記されているほか、江戸時代には「朝鮮通信使」の寄港/経由地になるなど、古くからユーラシア大陸と日本列島との文化、外交、経済交流の玄関口として発展してきた。

 国内の離島としては3番目に広く、豊かな海と森、数々の史跡を有するこの島では、現在は漁業や林業、観光業などが盛んだ。人口はおよそ2万8000人、世帯数は1万5000世帯ほどである(対馬市データ、2023年7月末現在)。

対馬には史跡が数多く残る

 この歴史ある離島を舞台に、「デジタル」を駆使して地域活性化の挑戦を続ける人がいる。対馬に生まれ育った、コミュニティメディア 代表取締役の米田利己(としみ)さんだ。

 実は対馬では、島内の全世帯を含むおよそ1万7000戸に光ファイバー網が敷設されている。コミュニティメディアでは、このネットワークインフラを利用したケーブルTVやインターネットプロバイダ、IP電話といったサービス事業を展開するとともに、防災や消防、医療、福祉といった行政サービスの支援、実証実験なども手がけてきた。

 さらに「デジタルハリウッドSTUDIO対馬」や「コワーキングスペースAGORA対馬」を立ち上げ、地元に学びの場と実践の場を提供することで、WebデザイナーやCG/映像クリエイターといったIT/クリエイター人材育成にも力を入れている。ほかにもドローンパイロット、海洋デジタルツイン/メタバーススキル人材など、地域の特色も生かした人材育成に取り組む。

 この離島でなぜ、どのような取り組みにチャレンジしているのか。今回はこれまでの取り組みや将来像について聞いた。

コミュニティメディア 代表取締役の米田利己(としみ)さん

「イージス艦」と「離島」の共通点とは?

 米田さんは大学卒業後、国内の大手電機メーカーに入社し、制御系ソフトウェアのエンジニアとしてキャリアをスタートした。地元長崎への配属を強く希望した結果、防衛庁(当時)の担当部門に配属され、護衛艦(イージス艦)の艦内情報システムを開発することになった。

 船舶内部のインフラについて、米田さんは「ひとつの街のインフラ」のようなものだと表現する。航行中の船舶は、外部からのサポートなしで自律的に稼働できなければならない。そのため、艦内に設置された情報システムとネットワークが、電力(発電)、空調/水処理、防災、さらに放送といった機能の稼働を支えることになる。

 米田さんは、そうしたインフラ全体を監視、制御するようなシステムを構築してきたわけだ。「この仕事を通じて、通信やコンピューターの部分だけでなく、ひとつの街のシステム全体を見るのと同じような経験をしました」(米田さん)。この経験を生かし、入社10年後には艦内情報システムの仕事と並行して、さまざまな地域/自治体の情報化も手がけるようになった。

米田利己さん(右)と、コミュニティメディア 専務取締役の米田伊織さん(左)

艦船と離島のインフラ運営は似ていると米田さんは説明する

 こうした経験が、対馬というひとつの島、ひとつの街を幅広く支えるような現在の取り組みにつながっていくことになる。

 コミュニティメディアは2007年、長崎市の出島にある産学官連携インキュベーション施設で創業した。2008年には対馬全域をカバーする「対馬市CATV」の指定管理者となり、ケーブルTV事業をスタート。自主番組の制作を手がけるほか、プロバイダ事業、IP電話サービスなども展開している。ちなみに、IP電話は島内ならばどこにかけても無料だ。

 さらに、各戸に設置された「告知端末」を使った自治体や各区長からのお知らせ放送、島内に多くある各漁港のライブカメラ映像配信など、ITを使った行政サービスの支援も行っている。過去には、各戸のインターネットとバイタルセンサーなどを組み合わせ、医療機関や福祉施設と情報をつなぐことで、一人暮らしのお年寄りを地域で見守るサービスの実証実験を行ったこともある。

 こうしたサービスや実証実験が迅速に展開できるのは、あらかじめ光ファイバというインフラがすべての世帯に整っているからこそだろう。ネットを使った新たな実験や取り組みにチャレンジしやすい環境なのだ。

街を歩くと各戸の外壁に光受信装置(光ファイバの終端装置)が据え付けてある。宅内設置の告知端末は行政放送を自動録音するほか、インターネット/IP電話モデムの機能も備える

地域イベントや行政のお知らせなどを含むローカル番組の制作、漁港ライブカメラの提供なども行っている

 ちなみに、対馬のネットワークインフラは行政や生活を支える重要な役割を持つため、艦船と同じように島が単独で“自律航行”できるように設計しているという。

 「たとえば護衛艦のネットワークでは、船の右舷と左舷のどちらかが切断されても瞬時に通信が回復できるように、という設計要件がありました。この島のネットワークも同じです。対馬全体を二重のループ(リング)で結んでおり、たとえどこかのケーブルが切れても自動でループバックして(折り返して)、通信が維持できる形に設計しています」

 そのほかにも、たとえば本土と結ぶインターネット回線(海底ケーブル)が切断されるリスクを考慮して、行政や通信などの重要なシステムは島内のデータセンターで(つまり巨大なイントラネットとして)運用し、バックアップを島外に置いているという。まさに離島ならではの備えと言えるだろう。

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