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大谷イビサのIT業界物見遊山 第49回

マイナ保険証での導入でいよいよ本格化する顔パスの世界

敵か味方か顔認証 便利さと気味悪さのはざまで

2023年08月17日 09時00分更新

文● 大谷イビサ 編集●ASCII

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 この7月は事例を取材する記者と導入を模索するユーザー、2つの立場で「顔認証」という技術に向き合うこととなった。スマホでの生体認証として一般的な存在となり、今後はマイナ保険証の利用でもお世話になる顔認証の便利さとそこにつきまとう気味悪さについて考察していきたい。

長い雌伏の末、ようやく日の目を見た顔認証

 顔認証は名前の通り、顔を用いた生体認証。「顔識別」とも言われる。写真や動画で顔を検出し、目や鼻などの顔のパーツの特徴を元に、データベースと照合し、本人かどうかを識別する。なにしろ人間も一般的には顔で相手を識別するので、それをコンピューターにやらせるという話なので、身近な認証方法と言える。

 顔認証はコンピューターの黎明期から開発されてきた歴史あるテクノロジーだが、本格的に普及したのはアップルが「FaceID」をスマートフォンに持ち込んだ2017年以降だ。今ではAndroidスマホでもサポートされ、表情を検知して、撮影するようなアプリもある。また、入国審査やチケットの転売防止のための本人確認にも用いられており、今話題のマイナ保険証でも顔認証付きのカードリーダーが用いられる。今後は決済、電子投票などさまざまな場面でも活用されていくはずだ。

 長い雌伏の末、ようやく日の目を見た顔認証だが、当初からプライバシーの問題を指摘されてきた。1960年代に顔認証の開発に取り組んだチームも、開発資金を情報機関から得ていたため、成果もあまりおおっぴらにされなかったという話もある。既存の監視カメラの画像や映像を利用できる顔認証は、指紋や虹彩、音声など他の生体認証と異なり、本人の協力を得ないで利用できてしまう。街角や建物に設置された監視カメラと顔認証を用いた犯罪捜査は実際に行なわれており、中国ではジャッキー・チュンのコンサートを観に来た100人以上の犯罪者が顔認証システムによって逮捕されているという。

 こうした特徴があるため、顔認証は扱いがある意味ナイーブだ。10年近く前、顔認証の広告企画を担当したことがあるが、「万引き防止にオススメ」と書くと、「客を犯罪者扱いするのか」という批判が予想されるため、表現としてNGになった。かといって、「接客やパーソナライズドマーケティングにオススメ」と書くと、「勝手に客の顔写真を使うのか」という批判になりそうなので、こちらも難しかった。今くらい顔認証が一般化していたら、もっと書きやすかったのだろうが、「じゃあ、なにをアピールすればいいんだよ」と当時、頭を抱えていたことを思い出す。

顔認証の利用をオープンにしたパチンコ屋の覚悟

 こうした経験を持っていた私にとってみると、先日掲出した大手パチンコチェーンを運営するマルハンの顔認証事例は画期的であった。この事例では今まで犯罪防止や監視用途にしか使ってこなかった店内のカメラ画像を使い、足繁く店に通ってくれるお得意さん顔認証で識別し、VIP待遇を実現しようとしている。落とし物を取りに来たお客さまがすぐにわかるといった実例もすでにあった。

監視から接客へ パチンコチェーンでの顔認証活用

大手パチンコチェーンのマルハンは、長らく監視のためにカメラを用いていたが、今後は接客のために用いたいという。


 もちろん、記事に対しては「パチンコ屋で顔認証されるなんてイヤだ」という反応が数多く寄せられた。パチンコ屋にまったく行かない私でも、この反応は納得できる。パチンコ屋に限らず、自分の顔写真が分析されているのは、気味悪いと感じてしまうのが普通の感覚だ。

 しかし、この程度の反応はマルハンにとっては予想の範囲内だろう。リアル店舗に来て遊んでもらう必要のあるパチンコ屋によって、オペレーションや接客の向上はわれわれが思っている以上に至上命題なのだ。コロナ禍で集客に苦労した経験があればまして。プライバシーの懸念や批判を受けやすいカメラ画像の利用方法を、あえてオープンにしたというのは事業者としての覚悟がうかがえる。

 実際に、「顧客からのクレームは今までない」という話は記事にも載せた。私もパチンコ屋に日常的に通う田舎の親戚に聞いたところ、どう使われているかは、あまり気にしていないようだった。不正行為対策としてパチンコ屋にカメラがあるのが当たり前と書いたが、改めて考えれば、商業施設、駅、病院、役所など、今となってはあらゆるところがカメラだらけである。

ラーメンWalkerキッチン×IoTでぶち当たった顔認証の壁

 一方で、私は顔認証を導入するユーザー側の目線も学んだ。先日開催されたソラコムの「SORACOM Discovery 2023」では、弊社が運営する実験型店舗「ラーメンWalkerキッチン」でさまざまなIoTを試した実例を生々しく紹介させてもらった。この施策の1つで用いられたのは、IoTカメラのソラカメと組み合わせた顔認証である。

ラーメンWalkerキッチンでは使う側の課題も体感

ラーメンWalkerキッチンとソラコムが試した飲食店DXの利用例。顔認証の利用に関しては課題も山積だった


 具体的にはラーメンWalkerキッチンの券売機の上に設置したソラカメで、お客さまの顔を撮影し、属性を識別しようという取り組みである。顔認証といっても、本人を確認するわけではなく、あくまでどういった属性の方が来店するかを調べるのが目的。ここでぶち当たったのは、お客さまの心象にいかに配慮するかである。

 カメラで顔を撮られる抵抗感をやわらげ、マーケティング活用のための施策として納得してもらえるか。お客さんへの告知方法に関しては、ソラコムと弊社の間でも議論になった。そして、券売機の上に置いたカメラの位置は、どうしても顧客の目の前から後退することになり、顔認証の精度を下げることになった。

 プライバシー問題とともに顔認証のもう1つの課題は、認証精度を上げるための条件が高いことだ。顔が正面であること、無表情であること、一部が隠されていないこと、解像度が高いことなどの条件が満たされないと認識率は下がる。コロナ禍でマスクを付けるのが一般化したため、顔認証での照合は以前に比べて難しくなった。本人の協力を得ないで入手した画像の場合は、顔認証自体の精度を上げることも難しいというわけだ。

「顔画像の利用許諾で味玉提供」は不自然と思わない

 2つの事例を通して私が学んだのは、顔認証を利用するインセンティブ設計の重要さ。正直、顔という生体データを利用される気味悪さは、今後も簡単にはぬぐいされないだろう。そう考えると、ユーザーに味方に思ってもらうことがやはり重要。セッションでラーメンWalkerキッチン担当の吉川が「顔写真の利用にOKいただだけたら、味玉付けるくらいのインセンティブ設計は必要かも」と冗談めかしてコメントしていたが、別に顧客の納得感を考えるとそれくらいでもよいと考えている(コストはあわないかもしれないが)。

 そして多くの顔認証ベンダーは、普及への鍵として「利便性をどこまで上げられるか?」を挙げる。自分の例を考えても、生体認証に慣れ親しんでしまったPCやスマホのログインで、もはやパスワードをいちいち入力する日常には戻れない。それと同じく、顔決済などもいったん慣れてしまったら、元に戻れないかもしれないと思う。

 交通決済が紙の切符からICカードに移行したのと同じく、顔認証は今後社会を大きく変える技術だ。今までのカードやID・パスワードで行なわれていた個人特定が顔認証で実現され、社会に実装されていく。昨今は、その活用の試金石となるマイナ保険証での顔認証活用において、現実にはありえないようななりすまし方法がやり玉に上がっていたりするが、これは顔認証の可能性をつぶし、カード型の保険証の脆弱性について、見て見ぬふりをしているとしか思えない。酸いも甘いも理解したテクノロジーメディアの立場としては、顔認証の可能性をもっと前向きに捉えた議論が必要だと強く主張したい。
 

大谷イビサ

ASCII.jpのクラウド・IT担当で、TECH.ASCII.jpの編集長。「インターネットASCII」や「アスキーNT」「NETWORK magazine」などの編集を担当し、2011年から現職。「ITだってエンタテインメント」をキーワードに、楽しく、ユーザー目線に立った情報発信を心がけている。2017年からは「ASCII TeamLeaders」を立ち上げ、SaaSの活用と働き方の理想像を追い続けている。

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