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産業界が主体となり幅広い活動で「量子産業の創出」目指す

量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)、設立を発表

2021年09月02日 07時00分更新

文● 大河原克行 編集● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp

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 産業界が主体となった任意団体「量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR:Quantum STrategic industry Alliance for Revolution)」が2021年9月1日、設立された。

 同協議会は産学官で連携し、量子技術に関わる基本原理、基本法則の整理、その応用可能性や必要となる産業構造、制度やルールについての調査と提言などを行い、新技術の応用と関連技術基盤の確立に向けた取り組みを推進。量子関連の産業やビジネスの創出を通じて、「量子技術イノベーション立国」の実現に貢献するとともに、国内外の量子関連の団体との連携を積極的に推進し、日本の産業の振興と国際競争力の強化を図るという。

量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)の目指す活動

「DXのあとには『QX(Quantum Transformation)』の時代が訪れる」

 9月1日に行われた設立記念シンポジウムで、Q-STAR 実行委員会 委員長の島田太郎氏(東芝)はまず「Q-STARの名称には、産業を育てていくという思いを込めた」と語った。

 「DX1.0、DX2.0の動きのあとには、基盤としているすべての技術を根本から入れかえてしまう巨大なエネルギーを持つ『QX(Quantum Transformation)』の時代が訪れると考えている。いつ、どの時点で、なにが最初に爆発するかはわからない。ここに向けて、持てる力を結集して、新たな産業やビジネスの創出を目指す。そのためには、材料やデバイス、計測技術、コンピュータ、通信、アプリケーションなど、産業創出に必要な量子技術や関連技術の発展につながる活動に、幅広く取り組むことになる」(島田氏)

未来の「QX(Quantum Transformation)」に向けて新たな産業、ビジネスの創出を目指す

Q-STAR 実行委員会 委員長の島田太郎氏(東芝)

 Q-STARでは関連団体との連携のほか、研究開発連携やテストベット連携、標準化提案や政策提言などの活動にも取り組む考えだ。「量子に関するさまざまな団体を置き換えるのではなく、全体が連携し、拡大することで、日本の量子産業が大きくなることを目指す。これによって、Quantum Galaxyの実現を、少しでも前に進める役割を果たす」と説明する。

 また、量子技術にフォーカスした産業化リファレンスモデル「QRAMI(キューラミ、Quantum Reference Architecture Model for Industrialization)」を構築していることも明らかにした。

 これは三次元型モデルを量子分野に合わせてモディファイしたものであり、バリューチェーンストリーム、ハードウェアレイヤー、アーキテクチャーレイヤーにおいて、「現在の技術と量子技術をつなぐ橋渡し」の役割を果たすとともに、今後の方向性を示すものになるという。2030年、2050年といった長期視点でのロードマップも、この中に盛り込むことになる。

 「実行委員会のメンバーが毎週集まり、約1カ月半をかけて作りあげた。各社のCTOクラスの時間を拘束して作りあげたもの。フレームワークは完成したが、今後、それを整理し、中身を進化させていくことになる。これをもとにして社会実装を加速させていきたい」(島田氏)

量子技術にフォーカスした産業化リファレンスアーキテクチャ「QRAMI(Quantum Reference Architecture Model for Industrialization)」

 同協議会では、今年5月31日に設立発起人会を発足。設立に向けて準備を進めてきた。

 設立会員会社は、伊藤忠テクノソリューションズ、SBSホールディングス、キヤノン、JSR、住友商事、SOMPOホールディングス、第一生命保険、大日本印刷、大和証券グループ、長大、東京海上ホールディングス、東芝、凸版印刷、トヨタ自動車、NEC、NTT、日立製作所、富士通、みずほフィナンシャルグループ、三井住友海上火災保険、三井住友フィナンシャルグループ、三井物産、三菱ケミカル、三菱電機の24社。

 会員制度として、特別会員(年会費200万円)、法人会員(150万円)、中小企業やベンチャー企業を対象にした準法人会員(10万円)、賛助会員(50万円)、アカデミア会員の5つを用意。「収益をあげることが目的ではない。できるだけ安価な会費に設定した。会員数が増えれば年会費を引き下げたい」(島田氏)としている。

 運営委員会の委員長には東芝 社長の綱川智氏が就任。副委員長にはトヨタ自動車 会長の内山田竹志氏、NEC 会長の遠藤信博氏、NTT 会長の篠原弘道氏、日立製作所 会長の東原敏昭氏、富士通 社長の時田隆仁氏、三菱ケミカル 社長の和賀昌之氏が就いた。

 「Q-STARの活動に多くの企業が関心を寄せている。なるべく早い時期に参加企業を100社以上に増やしていきたい」(島田氏)

Q-STAR設立総会の様子

まずは4つの技術部会を設置、「今後は産業化に近い部会も」

 Q-STARの具体的な活動は部会を通じて行われる。

 設立時点では、量子振幅推定や最適化を用いた新産業の創出を検討する「量子波動・量子確率論応用部会」(部会長:日立製作所)、量子コンピュータの最大の特徴である量子重ね合わせの応用により創出されるシステムやサービス、ビジネスなどを検討する「量子重ね合わせ応用部会」(同:NEC)、量子現象に着想を得た新コンピューティング技術(イジングマシン)を用いて、産業分野のさまざまな課題解決を目指す「最適化・組合せ問題に関する部会」(同:富士通)、量子暗号通信のビジネス応用を検討する「量子暗号・量子通信部会」(同:東芝)の4つの部会を設置する。さらに今後も、量子技術動向や議論などにあわせて新たな部会を設置していく方針だ。

 「まずは技術軸で部会を設置したが、今後は産業化に近い部会も設置したい。Q-STARには多くのユーザー企業が参加しており、ユースケースの観点からも活動や議論が進展していくことを期待している」(島田氏)

今回設置された4つの部会とテーマ

 シンポジウムでは各部会長からの説明も行われた。

 「量子波動・量子確率論応用部会」では、ゲート型量子コンピュータなどの電子波動や量子確率論の応用によって可能になるサービスの創出や、それらの応用によって解決すべき課題について検討する。2050年のあるべき姿をユーザーとベンダーが協力して描き、ビジネスや業界構造の変化を広い視野で検討することで、「次の柱」となる新産業の創出を目指す。

 たとえば金融分野では、午前の取引データから得られるデータを、午後の取引モデルに反映して、金融価格やリスク分析の高精度化などの実現を目指すとした。9月からメンバーを募集し、10月までにシーズや可能性を整理。12月までにニーズの洗い出しを行い、来年2月までにユースケースや新システム、サービスの検討を行い、4月に報告会を行う予定だという。

 「量子重ね合わせ応用部会」では、量子重ね合わせが発生する広大な探索空間を活用し、システムの品質、セキュリティ検査などへの適用度を検討。分子、原子の動きの忠実な再現により、材料開発や創薬などへの有効性、適用性を検討する。例えば、プログラムの分岐テストにおいては、量子重ね合わせを用いることで、全域検査に近い形での広範囲の検査が可能になるという。

 同部会では、11月までに量子重ね合わせが生み出す価値や基盤技術に関する情報を共有。1月までに産業側のニーズや期待を洗い出し、新産業の可能性を検討する。2月までに技術と新産業がマッチングするビジネス領域を設定して、長期的ロードマップを策定。3月に報告を行う予定だ。

 「最適化・組合せ問題に関する部会」では、量子アニーリングや量子インスパイアード技術といった、すでに活用可能なイジングモデルにフォーカス。最適化問題の解決に取り組むことになる。創薬、材料、物流、交通、製造、金融、医療などの分野で、ユーザー企業の参加を得ながら活動を行っていくという。10月までにイジングマシンの実用化を視野に入れた可能性を整理。2月にかけて、共通モデル創出に向けたテーマや仕組みづくり、共通モデルのイジングマシンへのマッピングを検討し、3月に報告会を行うとした。

 「量子暗号・量子通信部会」では、すでに利用可能な技術である量子暗号通信を、ビジネスに応用することを検討するとともに、理論的な安全性が保障された通信が実現する未来の創出を目指す。11月にかけてユースケースを洗い出し、有望なユースケースを選定。2月までにユースケースの具体化を進め、事業化に必要な技術やリソースの検討を行い、具体的なビジネスモデルの策定を実施。3月には事業フィージビリティの検証を行うことになる。報告会は4月以降に行う予定だ。

 なお、今回の設立記念シンポジウムでは、デジタル庁 デジタル審議官の赤石浩一氏や、東京大学大学院理学系研究科教授の五神真氏による基調講演も行われた。

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