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JAPAN INNOVATION DAY 2020 第37回

「大企業カーブアウトベンチャーの未来と可能性を探る」レポート

ライフサイエンス領域の識者が語る、国内カーブアウトベンチャーへの期待

2020年04月14日 09時00分更新

文● 松下典子 編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●平原克彦

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 2020年3月19日、オールジャンルのXTechカンファレンスイベント「JAPAN INNOVATION DAY 2020」が赤坂インターシティカンファレンスにて開催された。本イベントは、新型コロナウイルスの感染予防のための政府のイベント自粛要請に基づき、展示は中止、無観客での講演実施・映像アーカイブ配信での実施となった。当記事では、ライフサイエンス領域における大企業カーブアウトをテーマにしたカンファレンス「大企業カーブアウトベンチャーの未来と可能性を探る」の内容をダイジェストでお届けする。

 カーブアウトとは、大企業が事業部門の一部を切り離して、ベンチャー企業として独立させる事業戦略だ。国内製薬業界では、カーブアウトベンチャー企業がIPOやM&AのEXITで一定の成果を生み、その事例も増えてきている。本セッションでは、製薬会社、投資家、ベンチャーそれぞれの視点から、カーブアウトベンチャーの可能性について議論した。

 スピーカーは、Chordia Therapeutics株式会社 事業開発シニアディレクターの佐藤 義彦氏、ロシュファーマジャパン パートナリング本部 事業開発ディレクターの笠原 幹夫氏、株式会社ファストトラックイニシアティブ取締役COO マネージングパートナーの安西 智宏氏の3名。ファリシテーターは、ユビエンス株式会社 代表取締役 Co-founder武内 博文氏が務めた(以下、敬称略)。

(左から)株式会社ファストトラックイニシアティブ 取締役COO マネージングパートナー 安西 智宏氏、ロシュファーマジャパン パートナリング本部 事業開発ディレクター(日本・韓国担当)笠原 幹夫氏、Chordia Therapeutics株式会社 事業開発シニアディレクター MBA 博士(医学)佐藤 義彦氏、ユビエンス株式会社 代表取締役 Co-founder 武内 博文氏

カーブアウトとは?

武内:カーブアウトには、「ファイナンス」「プロダクト」「インベストメント」の3つの側面で特徴があります。

ユビエンス株式会社 代表取締役 Co-founder 武内 博文氏

 まずファイナンスに関して。一般的には母体企業から知財や人を譲り受け、VCからお金を調達してテイクオフできたら、第一段階はクリアではないかと考えています。武田薬品工業発のカーブアウトであるChordia Therapeutics株式会社はどのように立ち上げられたのでしょうか?

佐藤:我々のChordia Therapeutics株式会社は、武田薬品工業の研究者によるベンチャー設立支援プログラム「アントレプレナーシップ ベンチャー プログラム」から生まれた会社です。現在、武田薬品工業は、湘南研究所にイノベーション拠点「湘南ヘルスケア イノベーション パーク(湘南アイパーク)」を開設していますが、そのようなカーブアウト支援に積極的に取り組んでおります。上述したプログラムでは、これまで培ってきた技術や製品候補プログラムをライセンスすることにより研究者が新たな会社を立ち上げ、武田薬品と契約して人や知財のみならず、研究施設の共同利用などの支援を受けながら、製品やプラットフォームの事業化に取り組むことができるプログラムとなっています。Chordiaも湘南アイパークの研究施設を利用することで効率的に事業が進められています。

武内:続いてはプロダクトについて。日本では、自社起源の上市薬をもつ創薬ベンチャー数は、20年間で8社しかありません。他方で米国は2018年の1年間だけで39社にものぼる。これは深刻な問題です。とはいえ、いま多くのカーブアウトが臨床開発を進めているので、これから上市薬がどんどん出てくるのではないかと期待しています。

 インベストメントについては安西さん、カーブアウトならではの特徴はありますか?

安西:2005年頃はパイプラインファンドと言って、アセットを切り出し、プロジェクトファイナンスという形で開発資金を投資し、最後にパイプラインごと売却するビジネスモデルが流行りました。医薬品では、人に初めて投薬するタイミング、もしくは有効性を評価するタイミングなど、短期間で非常に価値が付くウィンドウがあります。その前に仕入れて、その後で有効性を示唆するデータが出ると一気に価値が上がるため、ある程度価値が付いたパイプラインを製薬会社に売却してEXITするモデルです。特に欧米は、仕入れできるパイプラインの出し手も非常に多いですし、EXITのパターンも会社自体の上場、アセットのバイアウト、再切り出し、M&Aなど多様で、やはり経験値の厚みが違いますね。

カーブアウトの前後で、「マインドセット」、「創薬技術」はどう変わったか?

――続いては、実際のベンチャー側の視点から、カーブアウト前後での「マインドセット」の変化についてお話しいただけますか。

Chordia Therapeutics株式会社 事業開発シニアディレクター MBA 博士(医学)佐藤 義彦氏

佐藤:カーブアウトは大きな企業に比べて小人数なので、意思決定が早くなったと思います。また、ギフトエコノミーからマーケットエコノミーという考え方に比重が変わりました。

 創薬は、薬が完成するまで非常に長い期間がかかります。エンドユーザーは患者さんですが、処方するのは医師、価格は国が決定するため、非常にマーケットが見えにくい状況にあります。大きな製薬会社に在籍している時には、限られた年間予算の中でとらえにくい市場ニーズに対してベストな薬を作っており、与えられた限られたリソースの中で研究や開発を行っていました。「ギフト」された中で効率的な仕事を目指して、事業を進めていました。

 一方、カーブアウトは、製品や技術をライセンスしておりますので、その製品や技術の魅力をいかに高めるかに意識が特に集中しています。そのため、製品価値を評価するパートナー候補となる製薬企業やベンチャーキャピタルなどのニーズを意識して行動しています。必要があれば、外部から追加資金を調達したり、新たな事業開発、共同研究を実施して、製品の価値向上や魅力を上げる取り組みをしています。つまり、「マーケット」に対する考え方が大きく変わったと思います。

武内:創薬技術はカーブアウトになってからも大きく変わるものではないと思うのですが、その点はいかがでしょうか?

佐藤:はい。基本的な創薬技術は大きく変わりません。元々の製薬会社の基準に従って研究開発を進めていますので、高い品質を提供できる体制が整っています。一方で、マインドセットが変わることによって、他のベンチャーや大学が持つ先端技術などに注目し、最適なタイミングで取り入れて、自社製品の価値を上げようとしているのが大きな違いですね。基本的な創薬技術をベースとして、他との共同研究によって、自社にない新たな技術、魅力をいかに生んでいくか、今ある製品の価値をいかに高めるかに注力しています。

投資家と製薬会社から見たカーブアウト

――安西さん、投資側はカーブアウトをどのように評価していますか?

株式会社ファストトラックイニシアティブ 取締役COO マネージングパートナー 安西 智宏氏

安西:私たちは、創薬パイプライン開発型(医薬品の開発にほとんどのリソースを使い、赤字を先行させて将来的な収益を得るモデル)のベンチャー企業を数多く見ています。その中で、ベンチャーの評価として共通するのは、切り出すアセットにどのような価値があるかという「モノの評価」と、マネジメントと開発チームに誰が関わっており、どのような付加価値を付けていくのかという「チームの評価」です。いずれの点でも、製薬企業のカーブアウトは大学発ベンチャーよりも質が高く、優位な部分は潜在的にあると思います。

 また、特に国内でのカーブアウトは、出元の企業が下駄をどれだけ履かせてくれるかも大きい要素ですね。たとえば、アセットを安く出す、湘南アイパークのような既存の施設を使う権利、従業員の給与支援、出資など、かなりのアドバンテージを持ってスタートできるのは、投資家としてもメリットです。

 海外では事例が進んでいるので、落としどころが変わっているのかもしれませんが、日本はまだ経験が浅く、下駄の履かせ方に揺らぎがあり、決まるまでに時間がかかってしまう。また、途中で出元の会社の経営体制が変わると、急に苦しい状況になる場合もあります。どのように条件を提示して投資家として乗れるか、スピード感が非常に大事だと思います。

 もうひとつは下駄の高さです。医薬品の場合、臨床研究に10億、20億は余裕でかかってしまうので、ただでさえハードルが高い。そこに初期の投資の大きくかかると、より厳しくなります。そこをどのように経験値を積んで打開していくかが今後のポイントになると思います。

武内:役員が変わると風景が変わるのは、日本企業あるあるですね。商社などは、より合理的にアセットを評価しているかと思いますが、そのような段階にはなっていないのでしょうか。

安西:合理的ではないからこそ、付随的に下駄を高くするサービスがもっとできるはずです。知財やアセットの移管など、経済合理性を超えて応援しよう、というマインドでスタートアップさせてもらう仕組みは、日本の中ではうまくできているのではないかと思います。

武内:下駄の履かせ方のケースは今後、増えてくるのでしょうか?

安西:間違いなく増えてくるでしょう。製薬産業そのものが今後アセットを切り出して、有効活用し、外部の資金を使ってリスクを低減して、改めて取り組む。そのようなR&Dの手法も広がってくるでしょう。

 たとえば、NEC発のスピンアウトベンチャーであるサイトリミック社は、NECがこれまで培ってきたAIの手法を使ってペプチドの配列を同定して、医薬品に応用する会社を設立したケースです。このスキームは、ほかのIT企業、機械系の企業など製薬業界に新規参入したい企業にとって汎用的に使えるスキームだと考えています。

 NECのケースは非常によく設計されており、23億円の資金が初期のタイミングでコミットされています。最初から下駄を履かせてもらってスタートできたのは、サイトリミックにとっても大きな福音でした。

武内:今度は笠原さんに、製薬会社の目線でカーブアウトについてお話しいただけますか?

ロシュファーマジャパン パートナリング本部 事業開発ディレクター(日本・韓国担当)笠原 幹夫氏

笠原:私からは、なぜ大手製薬会社からカーブアウトベンチャーが生まれるのか、という背景について説明したいと思います。

 武田薬品さんを含め、製薬会社では、定期的に社内の開発パイプラインのポートフォリオを改変していきます。その理由はいくつかありますが、会社が大きな買い物をしたとき、または大きな危機に面したとき、あるいは経営陣の交代などで戦略が大きく変わったとき、などです。この際に、優先度が下がったプロジェクトは中止になり、開発を継続するためにカーブアウトという手段が取られるわけです。

 つまり、カーブアウトベンチャーには、それまでのプロジェクトの推進において、大手製薬会社のSOP(Standard Operating Procedures;治験の際に必ず守るべき基本的な業務手順をまとめた標準業務手順書)のハイスタンダードな基準で開発されているのが大きなメリットです。また、優秀な研究者やリソースが付いてくるので、スムーズなスタートアップベンチャーができているのではないかと考えています。さらに、カーブアウトベンチャーにはある程度開発ステージが進んだ開発品があると期待できます。

 そして、カーブアウトベンチャーは、そのような開発品をドライブできるマネジメントが一通りそろってくるのも魅力ですね。

武田:海外と国内におけるカーブアウトの違いはありますか?

笠原:海外カーブアウトの成功事例を紹介すると、ロシュファーマのカーブアウトで1997年に設立されたアクテリオンという会社があります。

 当時ロシュは、ドイツのベーリンガーマンハイムという診断薬部門が強かった大手メーカーを買収し、資金に余裕がなくなっていました。97年は肺動脈性高血圧症の薬「トラクリア」が開発中でしたが、注射剤で大きな市場を見込んでいませんでした。しかし、プロダクトはいいものになりそうだったので、開発を継続するためにカーブアウトしたのがアクテリオンです。

 最終的に「トラクリア」は上市に至り、世界中で毎年何千億円も売れる商品になり、昨年、ジョンソン・エンド・ジョンソンに約3.4兆円で買収されてEXITしました。ちなみに、アクテリオンの抱えていたプロジェクトがさらにカーブアウトして、イドルシアとして事業を継続しています。

 アセットと研究者そのものを出したことが、カーブアウトを排出した製薬会社としての貢献だと考えています。その後の運営に関しては特に何もせず、アクテリオンは自社開発で各国の発売に至っています。バイオ・製薬業界において国内カーブアウトにこのような成功事例は認められませんが、これはカーブアウトの歴史が浅いだけで、将来的には増えてくるでしょう。

投資家のEXITとプロダクトのEXIT

――投資家のEXITとプロダクトとしてのEXITは実は違います。その点について、みなさんのお話を伺わせてください。

安西:カーブアウトは、スタート時の評価は下駄を履かせてもらうなどのアドバンテージがありますが、出口での評価は横一線で、出自に関わらず、その後の競争に勝てるかどうかにかかっています。EXITとしては、M&A、IPOの2つの道がありますが、国内で創薬パイプライン型の会社がM&Aされ、相手が国内製薬企業というケースはほとんどありません。カーブアウトやそのアセットを十分に評価して取り込める体力のある会社が出てきて、もっと件数を増やしていかなければいけないと感じます。

 IPOについても、マザーズでパイプライン型ベンチャーの上場基準について昨年から見直しが図られていますが、まだまだグローバルの基準に比べてかなりハードルが高い。そのうえ、アナリストが付かず、ベンチャーを支えてくれる機関投資家もいない、といった構造的な課題を抱えています。

 出口を日本国内に閉じて考えると限界が出てくるので、最終的にはグローバルな製薬企業にどう評価されるかが大事。資本市場としても、ナスダックや香港の市場に上場できるような事業成果を上げていくことが重要です。

武内:EXITを提供していく立場の我々ベンチャーとして、考えていかないといけない課題ですね。

 プロダクトのEXITについては、患者さんにお薬を届けて上市することと、ライセンスして製薬会社に渡す方法の2つの形が考えられます。製薬会社として、評価のポイントはありますか?

笠原:カーブアウトベンチャーは、ハイスタンダードで作られていますし、マネジメントが付いています。これは、製薬会社がパートナリングをするうえで、非常に取り組みやすい。大手製薬会社と同じ高いレベルで、かつスピード感をもって開発を進められるカーブアウトベンチャーのプロダクトには期待しています。湘南アイパーク発ベンチャーは、まだスタートアップ地点に立ったばかり。将来的には、いろいろなEXITに向けて進む可能性が十分にあると期待しつつ、どこかの段階でロシュとのディールもできれば、と考えています。

武内:最後にカーブアウトとして、佐藤さんが目指すEXITの形を教えてください。

佐藤:我々Chordia Therapeuticsは、がん治療薬を一日でも早く患者さんに届けるべく事業を進めています。カーブアウトのEXITも大切ですが、私たちはがんに罹患された患者さんに新しい最適な治療薬を届けることが我々のEXITと考えています。ただ十数名の小さな会社ですから、治療薬を患者さんに届けるEXITには多くの支援者、パートナーの協力が必須です。我々は、投資家の皆様から適切なタイミングで、アドバイスや投資などを受け、パートナー製薬会社の皆様と密にコミュニケーションすることで、スピード感をもって、新たな薬を上市させたいと考えています。


 大手企業からハイレベルな技術やノウハウ、人材、資金などの提供を受けつつ、スピード感をもって開発を進められるカーブアウト。大手会社、アカデミア、他業種との連携がオープンイノベーションの文脈で叫ばれるが、もともとの母体をもった形での日本流の成功事例はこれからもっと増えてよいのではないだろうか。製薬業界だけでなく、スタートアップエコシステム全体で取り組みが加速することに期待したい。

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