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日銀の新金融政策を受けた金利上昇の余地は限られると見る理由

2018年08月08日 06時00分更新

文● 森田京平(ダイヤモンド・オンライン

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日本銀行が打ち出した政策金利の「フォワードガイダンス」は将来の予測なのか、約束なのか。
Photo:PIXTA

 7月31日、日本銀行は現行政策であるYCC(長短金利操作)の調整に打って出た。YCCについてはいくつかの副作用が指摘されてきたが、そうした副作用に一定の配慮を示す形で、日銀は長期金利の振れ幅の拡大を容認した。

 しかし、実際にどの程度、長期金利が振れるかは、新たに導入された政策金利のフォワードガイダンスに負うところが大きい。

 フォワードガイダンスを軸に、今後の金利環境を展望してみよう。

政策調整のサプライズは
政策金利の「フォワードガイダンス」

 31日の決定会合で日銀は、「異次元緩和」策の副作用に配慮するという問題意識から、YCCを軸とする現行の金融政策を一部調整した。

 長期金利(10年物国債金利)の誘導目標を柔軟化するなどの調整は、事前に市場で予測されていたが、サプライズは政策金利のフォワードガイダンスだった。

 それらを含めて、政策調整の内容は5点にまとめられる。

◆図表1:日銀による政策調整の5本柱

 これらのうち、筆者にとっても大きなサプライズだったのは、政策金利のフォワードガイダンスの新規採用だ。

 具体的には、日銀は「当分の間(for an extended period of time)、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」とした。

 その意味するところは、YCCにおける金利ターゲット(日銀準備預金残高の付利が-0.1%、10年国債金利がゼロ%程度)を当面、引き上げるつもりはないという日銀のメッセージを読み取ることができる。

 これには同時に、市場が金利上昇を織り込み、そこから自己肯定的に「日銀は金融政策の出口を出ようとしている」という見方が醸成される事態を、日銀として封じ込めようとする意図も明確である。

市場は金利上昇余地を探る
相対的に高まる日本国債の魅力

 しかし、市場はまずは金利上昇で反応した(図表2参照)。

◆図表2:足元で上昇した日本国債の金利

 背景は、政策調整の一環で日銀が10年国債金利のターゲット(現行ゼロ%程度)からの許容乖離幅を、従来の10bp(0.1%)から2倍の20bp(0.2%)に広げたことにある。

 その結果、外国債券と比べたときに日本国債の魅力が相対的に増している。

 ただし、円ベースで投資をする国内投資家にとって、外債投資によって得られるリターンは、表面的な市場金利だけでは決められない。そこでは、為替リスクを回避するためのヘッジコストが考慮されなくてはならない。

 このヘッジコストとは、円をベースとする国内投資家が、スポット市場で円を売って外貨を調達(円投)すると同時に、フォワード取引で外貨を売って円を調達する(円転)ことを前提として計算される。

 そうすることで、投資の実行から回収までに時差があることによる為替変動の影響(つまり為替リスク)を回避できる。

 そこで、ヘッジコスト(ここでは3ヵ月の為替ヘッジコスト)を差し引いた米国債、ドイツ国債、フランス国債(いずれも10年国債)の金利と、日本国債金利(20年と30年)を比べてみよう(図表3参照)。

◆図表3:日本国債金利 vs ヘッジ付き外債金利

 すでに足元で、日本の20年国債の金利は、米国の10年国債金利(ヘッジコスト調整済み)を超え、ドイツの10年国債金利(同)に並んでいる。

 しかも、日本の30年国債金利で見ると、米国債やドイツ国債の魅力はすでに相当程度、かすんでいる。

 今後、一段と国内金利が上昇すれば、従来、欧州債に向かっていた国内の債券投資家のマネーが円債に回帰するシナリオが一段と現実性を増す。その場合、日銀の金融緩和継続にもかかわらず、円が安くなる余地はさらに縮小するだろう。

 では、円債回帰シナリオの現実性は今後、高まるのだろうか。

 それを左右する要素が、日銀が新規採用した「政策金利のフォワードガイダンス」だ。

 ポイントは、「黒田日銀がデルフィか、オデュッセウスか?」にある。

将来の「予測・見通し」か
自らを縛る「約束」か

 実は、中央銀行のコミットメントやフォワードガイダンスには、「デルフィ的」(Delphic) と分類されるものと、「オデッセイ的」(Odyssean)と分類されるものの2種類がある(注)

(注:詳細については、Campbell, Jeffrey R., Charles L. Evans, Jonas D.M. Fisher and Alejandro Justiniano (2012), “Macroeconomic Effects of Federal Reserve Forward Guidance,” Federal Reserve Bank of Chicago, Working Paper, No.2012-03, October、邦文では翁邦雄(2013)『金融政策のフロンティア』日本評論社、31-34頁を参照されたい。)

 このうち「デルフィ的」(Delphic)なフォワードガイダンスとは、中央銀行の予測や見通しであって、強いコミットメントではない。

 この名称はギリシャ中部にあるデルフィのアポロン神殿の神託(神の予言)に由来する。古代ギリシャでは、神殿の巫女の口を借りて伝えられる神託が尊ばれ、この神託が重要な決定を左右した。

 中央銀行のフォワードガイダンスがデルフィ的であるということは、それが神託すなわち予想に近いものであり、将来の経済情勢次第では変わりうることを意味する。

 また、「オデッセイ的」(Odyssean)なフォワードガイダンスとは、中央銀行の手足を縛る強いコミットメントを指す。

 ホメロスの叙事詩オデュッセイアの主人公であるオデュッセウスは、故郷に帰る航海の途中、魔女セイレーンが住む島に差し掛かる。セイレーンの美しい歌声は船乗りを魅惑し、惑溺した彼らは遭難するとされていた。そこでオデュッセウスは、歌声に惑わされないように、自らを船のマストに縛りつけ、決して縄を解かないよう船員に指示した。

 このことからオデッセイ的なフォワードガイダンスとは、中央銀行が自らを縛りつける強いコミットメントを指す。

オデュッセウスの可能性
金利上昇はいずれ頭打ちに

 この二分法で考えた場合、日銀が新た打ち出した政策金利のフォワードガイダンスは、デルフィ的、オデッセイ的のどちらに当たるだろうか。

 こればかりは、今後の日銀の市場でのオペレーションや、それに対する市場の反応を踏まえた試行錯誤を経る必要があるが、筆者は相当適度、オデッセイ的、つまり比較的強いコミットメントではないかと考えている。

 理由は31日の政策決定会合後の黒田総裁の記者会見にある。会見で黒田総裁は、このフォワードガイダンスによって「早期に出口に向かうのではないかとか、金利が引き上がられるのではないか、という一部にあったマーケットの観測を完全に否定できる」と明言し、「かなりしっかりとしたフォワードガイダンス」であるとした。

 この強い姿勢に、今回のフォワードガイダンスが「オデッセイ的」である可能性が見てとれる。

 この場合、10年国債金利のターゲットからの乖離幅が0.2%に拡大したといっても、0.2%という金利水準は、一時的なもので、いわゆる長期滞在型のリゾート空間と位置付けることはできない。

 したがって今後、じわじわと国内金利の頭が重たくなると見ている。

(クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト 森田京平)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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