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近江八幡新市長が市庁舎建設工事を中止、議会とバトル勃発!

2018年06月12日 06時00分更新

文● 週刊ダイヤモンド編集部(ダイヤモンド・オンライン

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築47年の近江八幡市庁舎
築47年の近江八幡市庁舎。老朽化と耐震強度不足で引退間近 Photo by Toshihide Aikawa

動きだしたら止められないのが、日本の公共事業だ。だが、そうした常識を根底から覆すような事態が滋賀県近江八幡市で起こっている。工事が進む新市庁舎建設の見直しを掲げて当選した新市長が、事業を白紙に戻したのである。建設を推進した議会側は怒り心頭に発し、新市長とのバトルが始まった。(地方自治ジャーナリスト・相川俊英)

 傍聴席は詰め掛けた市民でいっぱいで、両サイドの取材エリアもテレビカメラがズラリと並んだ。5月17日午前9時30分、滋賀県近江八幡市の市議会本会議場だ。市議会の臨時会が開かれ、4月15日の市長選挙で現職をダブルスコアで退けた小西理・新市長が初めて議場に姿を現した。

 小西市長に注目が集まったのは、就任初日(4月25日)に大胆な行動で近江八幡市民を仰天させたからだ。選挙公約を電光石火で実行に移しただけだが、その内容が半端ではなかった。工事中の新市庁舎建設を即時中止したのである。

現市庁舎横で進められていた新市庁舎建設。地盤改良作業で開けられた大穴があちこちに Photo by Toshihide Aikawa

 近江八幡市で新市庁舎建設の取り組みが始まったのは、2006年に現市庁舎(1971年築)の耐震強度不足が判明してからだ。基本計画が16年2月に策定され、現市庁舎敷地内に6階建てと3階建ての2棟を建てることになった。延べ床面積は約2万平方メートルを超え、総事業費は90億円近くに上る。

 市民の間から「巨大過ぎる」「カネが掛かり過ぎる」との不満が噴出したが、予算案も工事契約議案も賛成多数で市議会を通過し、今年2月に着工。工事は20年1月の供用開始に向け急ピッチで進められていた。

フェンスに囲まれたままの広大な工事現場 Photo by Toshihide Aikawa

 そうした状況下で初登庁した小西市長は、新市庁舎建設工事を請け負っていた奥村組(本社・大阪市)関係者と市役所内で面談し、工事契約の解除を伝えた。契約書第45条の「発注者は必要があるときは、この契約を解除することができる」との規定に基づくもので、小西市長は相手方に「民意による政策変更」と伝えた。

 こうして現市庁舎横で進められていた工事は中止され、資機材などが撤去された。1万2118平方メートルの広大な敷地は周囲をフェンスに囲まれ、地盤改良のために掘られた大きな穴などが残されたままとなっている。

 工事契約の解除は市議会への事前説明なしで実行された。約87億7000万円(税込み)となった工事契約の締結には議会の議決が必要だったが、契約解除には必要なく、手続き上に問題はない。

 だが、近江八幡市議会(定数24で欠員1)議員のほとんどが新市庁舎建設を推進し、市長選でも敗れた現職側に付いていた。その数、なんと18人。彼らが黙って引き下がるはずはない。それに何より、中止した工事現場の後処理や業者に支払う賠償金、さらには現市庁舎の耐震補強や新たな新市庁舎建設計画など、近江八幡市は新たな課題を抱えている。

 小西市長は契約解除後の方針や新たな道筋などを明らかにしておらず、議会側が猛反撃に出るのは必至。この日の臨時会がその第1幕とみられていた。

小西理・近江八幡市市長。東京大学法学部を卒業し、大手民間企業に就職。実兄が衆議院議員(自民党)になったことからその秘書に転身した。ところが、兄の急死で2001年10月の補欠選挙を経て自身が衆議院議員に。当選2回を重ねるが、郵政民営化に反対したことから郵政選挙(05年9月)で自民党の公認を得られず、落選 Photo by Toshihide Aikawa

独断的で拙速との批判

 臨時会の冒頭、小西市長が就任のあいさつをした。憲法の前文を引用する形で、「市政は市民の厳粛な信託によるもので、その権威は市民に由来し、その権力は市民の代表者が行使し、その権利は市民が享受する」と明言した。そして、地方自治法の「最少の経費で最大の効果を挙げる」との規定を引用し、「これを肝に銘じて市政運営に当たりたい」と、決意を表明した。

 臨時会はその後、淡々と議事が進み、何事もなく終了してしまうかと思ったときだった。前市長派の最大会派「政翔会」の井狩光男議員が挙手し、緊急質問を動議した。演壇に立った井狩議員は「われわれ議会は10年にもわたって調査・研究を重ねて、一点の曇りもなく(新市庁舎建設を)議決した。(市長は)市長選で民意が得られたとの一点で契約解除したが、二元代表制の下でいったん決めたことを完遂するのが、議会制民主主義だ」と述べ、「今回の解除は独断的であまりに拙速だ。市長が独断で契約解除した民意の根拠は?」と、厳しく追及した。

 小西市長は「市長選の争点は庁舎問題で、私が出馬したのもそのためだった。1年以上前から市民として問題点を指摘しており、私の独断という批判は当たらない」と一蹴した。そして、「(契約解除の決断が)遅れれば、それだけコストがかさむことになる。一日も早く決断する緊急性があった」と説明し、第三者委員会を設置して奥村組と賠償金額などを協議することを明らかにした。

 その後も、井狩議員は「(新市庁舎建設に対する民意は)1回の選挙でははっきりしないのではないか。住民投票をしない限りは確定しないのでは」など、市長に8回の質問をぶつけた。

 さらに続けて、池上知世議員(公明党)が質問の2番手となり、最後に井上佐由利議員(共産党)が演壇に向かった。井上議員は議会が今年1月に工事契約を議決したことを取り上げ、「庁舎問題が市長選の争点になることを議員は皆、分かっていた。4月の市長選まで契約議決せずに(結果を)待っていたら、違約金は発生しなかった。議会が市民軽視だったのではないか」と、指摘した。

 緊急質問は午後1時半すぎに終了し、昼食タイムに入った。

公共事業中止の前例を持つ街

 琵琶湖の東南部に位置する近江八幡市は、水郷と近江商人発祥の地で知られる。10年に隣接する安土町と対等合併し、人口は8万2116人(18年4月1日時点)。豊臣秀次が城下町として開いた近江八幡は、風光明媚な自然景観と古い町並みを持つ。

 中でも八幡堀の存在が大きい。時代劇のロケ地として全国的に知られ、国の重要文化的景観の第1号にもなっている。

公共事業の見直しで再生された八幡堀 Photo by Toshihide Aikawa

 こうした歴史と文化を誇る近江八幡市は、住民主体の先進的な街づくりでも内外から高い評価を得ている。その代表的事例が、八幡堀の復元運動である。

 高度経済成長期、ヘドロやごみで埋まった八幡堀は地域住民にとって“厄介者”となっていた。悪臭とともにハエや蚊が飛び交い、不法投棄も絶えず、公害の発生源でしかなかった。地元自治会は行政に対し、堀を埋め立てて駐車場や公園に改修してほしいと陳情を繰り返した。

 そうした声を受け、滋賀県が八幡堀を埋め立てる公共事業に着手することになった。ところが、これに近江八幡青年会議所のメンバーらが待ったをかけた。彼らは「堀を埋めた瞬間から後悔が始まる」を合言葉に、八幡堀の浚渫(しゅんせつ)と復元を市民に呼び掛けた。そして、埋め立て工事が進む中で、八幡堀の清掃活動を開始し、県との協議に臨んだ。

 彼らの活動への共感が地域内に広がり、県は進めていた埋め立て工事を中止し、国に補助金を返上することを英断した。75年9月のことだ。翌年3月から当初の事業とは正反対の浚渫と復元の公共工事が開始され、現在の八幡堀へとつながった。

 日本の公共事業はいったん動きだしたら誰にも止められないということが、半ば常識のように語られるが、決してそうではないという前例を、近江八幡市はまさに自ら受け継いできたのだ。

 八幡堀の復元・保存活動を担った川端五兵衛氏は98年に近江八幡市市長となり、先進的な街づくりをさらに進めた。そして、2期8年務めて06年に市長を退任した。

 その後に市長に選出されたのが、4月の市長選で大敗(2万1047票対1万1647票)した前職の冨士谷英正氏だ。臨時会の翌日(5月18日)に市役所近くの事務所で本人を取材した。

「(市長選の)結果は異常だ。今回、初めて自民・公明・維新の推薦を受けたが、もりかけ(森友・加計学園問題)の向かい風を受けてしまった。私はどうでもいいものを建てようとしてきたわけではない。市民報告会や市民アンケート、シンポジウム、パブリックコメントなどを重ねてできたのが、今回の新市庁舎の設計だ。失政は何一つなく、何ら瑕疵はない」

 冨士谷前市長は、臨時会での井狩議員と同様の持論を展開。また「市長選の公約はたくさんあり、選挙結果だけで庁舎問題への民意は分からない。民意を知るには住民投票だが、市議会が否決した。自分も庁舎問題で住民投票をする必要はないと思った」とも語った。

 実は、新市庁舎の是非を問う住民投票については、その実施を求める住民グループが昨年、署名運動を展開した。8118人分(有権者の約12%)もの署名が寄せられ、直接請求となったが、議会は賛成少数(6人)であっさり否決してしまった。この住民グループの代表の一人が、小西市長だった。

 小西市長は市長室で穏やかな口調でこう語った。

「市の職員は優秀だが、職務に忠実なあまり事を急ぎ、住民とのコミュニケーションやコンセンサスがうまく取れていなかったと思う。住民がなおざりにされ、住民の思いと(行政運営とに)ズレや乖離が広がっていた。住民は(新市庁舎建設計画に)納得しておらず、議会も首長の暴走を止めなかった」

 6月8日に臨時会が開かれ、市長から第三者委員会設置の条例案が出される。奥村組から示される損害賠償額を検討し、さらに、白紙に戻した新市庁舎の設計や入札、契約などを検証する委員会だ。メンバーは4人とされ、水面下で人選が進められている。

 動きだしていた大型公共工事を中止した市長とストップされた市議会。ともに住民に選ばれた二元の論戦が、6月22日からの6月定例会で白熱するに違いない。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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